第15話 行方不明だとしたら

 シャロンさんが鬼の形相で『ハーブカフェ 木漏れ日の庭』に乗り込んできたのは、ネイドさんが立ち寄ってから一週間と一日後のことだった。

 

「ちょっとルクス聞いてよ!! アイツまたやったのよ!!」

 

 私はシャロンさんの荒ぶる声を聞いて、ルクスさんの心配していたことが現実になったのだと悟る。

 

「シャロン落ち着いて。スズが怖がってる」

「大丈夫ですよ。お客さんもいないですし、好きなだけ愚痴ってください」

 

 月、火、水とプレオープンをして、今日は木曜日。

 メニューの書き方など微調整を織り込んで、来週から本格的に店を開けようと思っていたところだった。

 

「なんて優しい子なのスズ~。うちに連れて帰りたい」

 

 シャロンさんは店内の掃除をしていた私を、ぎゅっと抱きしめてくれる。

 

 ローズかな。香水のいい匂いがする……。

 

 素敵な女性からは素敵な香りがするんだな、と私はうっとりした。

 

「で、ネイドがまた約束を破ったわけ?」 

「それね! あれだけ念押ししたのに来ないって、どういうことよ!?」

 

 シャロンさん曰く、昨晩はネイドさんとの誕生日ディナーを予定していたが、約束の時間になっても、二時間待っても、ネイドさんはとうとう現れなかったらしい。

 

 ルクスさんはポットを火にかけ、ハーブを選び始める。

 私がこの世界に来た時のように、鎮静作用を持つハーブティーを淹れてあげるのだろう。

 

「……来ない相手を一人待つ、みじめな気持ちなんてネイドには分からないでしょうね」

 

 シャロンさんは泣きそうな声で言う。

 

 よく見ると彼女の目は腫れていて、ここへ来るまでにもたくさん泣いたのかもしれない。


 次第に、私まで悲しい気持ちになってくる。

 

「ここに寄った時は、シャロンの誕生日までに戻ると言ってたのに」

「どうせまた、仕事に夢中になって忘れたんでしょう」

「いくらネイドでも、忘れたなんてことは……ないと思いたい」 


 ルクスさんは肩を落とし、シャロンさんは深い溜め息をつく。


「そういう男だって分かっているのに、期待した私が馬鹿だった」


 もう完全に、ネイドさんが約束を忘れたことになっているけど、私はなんとなく、そうではないような気がした。


 シャロンさんに叱られたにしても、きちんと身なりを整えていたし、早く仕事を済ませて帰って来られるよう、先を急ぐ雰囲気だった。


 やむを得ない事情があって戻れなかっただけで、本当はネイドさんも、恋人の誕生日を祝いたかったんじゃないかな……。

 

「本来は、いつ帰ってくる予定だったんですか?」

「月曜の夜って聞いてたわ」


 ということは、もう二日以上経っている。

 ルクスさんもそれが気になったのか、眉間に僅かに皺を寄せた。


「王都からコンラードの街までは、一日あれば至急の知らせを送れるのに音沙汰なし。帰りに孤児院に寄るって言ってたけど、そこもまだってこと?」

「そういえば、暖房用の魔道具が不調だから呼び出されたって言ってたわね。予定が詰まっていたけど、ガブリアシスターに懇願されて帰りに寄るとか、なんとか……」


  二人はハッと顔を見合わせる。


「ガブリアシスターの性格からして、ネイドが来なかったら、その日のうちに心配して私に連絡してくるはず」

「それがないってことは、恐らく孤児院までは行ったんだよ」

「それなら尚更、どうして戻ってこないのよ。孤児院からレストランまで、歩いてでも来れる距離よ」


 シャロンさんは困惑した表情で、髪をぐしゃっと掻き上げた。


 私は黙って二人の推理を見守るしかない。


 ルクスさんはカタカタと音を立て始めたポットの火を止めると、いつもより暗いトーンで話し始める。


「……ネイド、前に武器商から圧をかけられてるって言ってた。魔道具を武器に転用する仕事の依頼を断ったらしいんだ」


 ルクスさんが何を言おうとしているか、察した私は息を呑む。


「あくまで推測に過ぎないけど、何らかの事件に巻き込まれた可能性はあるね」

「そんな……まさか……」


 先ほどまで激昂し、悲しんでいたシャロンさんが、今度は倒れそうなほど青ざめていた。


 緊迫した空気の中、ルクスさんはコートを羽織る。


「ひとまず工房と孤児院に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」


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