第14話 無自覚な嫉妬
ネイドさんを見送って店の中に入った後、ティーカップを片付けながら私は何気なく言った。
「ネイドさん、キラキラしていて何だか王子様みたいでしたね」
ルクスさんが爽やか王道系、光の王子様だとしたら、ネイドさんはクールビューティーな氷の王子様といったところだろうか。
あ~、目の保養です。
なんて思っていると、ルクスさんが突然尋ねてくる。
「スズはネイドみたいな人がタイプ?」
「えっ?」
これまでルクスさんと、そういう話をしたことがなかったので、私は一瞬戸惑った。
「タイプとかそういうわけではなく、ただ綺麗な人だなぁ、と思っただけです」
「そっか。それなら良かった」
何が? 何が良かったんだろう?
真意が分からず不思議に思っていると、ルクスさんは質問を続けた。
「スズはここへくる前、恋人はいたの?」
「まさか、いないですよ。高校の時に少しだけお付き合いした人がいるだけで、後はまったく」
「そういえば、仕事や家のことで忙しかったって言ってたね」
「というより、全然モテなかったんです。ブスだし、洒落っ気もないから……」
好きでもない相手と付き合っても心削られるだけというのは、高校の時に学んだ。
社会人になってからは、自分のことを好きになってくれる人なんて、そうそういないのだと思い知った。
だから、ルクスさんやネイドさんのことをかっこいいと思っても、どうこうなりたいという気持ちはないので安心してほしい。
「スズは不細工じゃない。可愛いよ」
「そう言ってくれるのは、おばあちゃんとルクスさんくらいです」
「お世辞だと思ってない? 僕は本当に、スズのことを可愛いと思ってるよ」
ルクスさんが、また人を勘違いさせるようなことを言っている。
一度シャロンさんに叱られてからは、お互い程よい距離感を探り探り保っていたのに、今日は一体どうしたんだろう。
あ……そうか。私がまたネガティブなことを言ったから、励まそうとしてくれてるんだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
また自分を卑下する癖が出てしまったと反省しながら伝えると、ルクスさんは「分かればよろしい」とおどけたように言って、ぽんぽん頭を撫でてくれた。
しかも、私がしようとしていた皿洗いまで代わってくれる。
何、このイケメンムーブ!!
どうこうなりたい気持ちはないと思っているけど、このままではいつの間にか好きになっていそうで怖い。
「それにしても、ルクスさんが色恋の話をするなんて珍しいですね」
「そう?」
ルクスさんは普段、あまり人のことを詮索しない。
私がこの世界に来た時だって、ルクスさんの方から色々聞いてくるというよりは、自発的に話すのを待ってくれていた印象だ。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
そう思って尋ねると、ルクスさんはしばらく考え込んだ後、 「あったといえば、あったかも」という曖昧な返事をした。
「もしかして恋人ができた……とかですか?」
ルクスさんは、日中のほとんどを庭いじりと馬の世話に費やしている。
近所のマダムを除いて、女性と関わっているところを見たことはないが、万が一ということもあるので訊いてみた。
「違うよ」
否定の言葉にほっとする。
「よかった。もしルクスさんに恋人ができたら、ここを出ていくので早めに言ってくださいね」
「それなら僕は一生恋人を作らないかな」
洗い物を終えたルクスさんは、割れ物をそっと布巾で拭いながら言う。
「どういうことです……?」
「だって、スズに居てほしいから。店だってこれからだしね」
駄目だ。甘すぎる。
店の話を出されるまで、口説かれているのかと思った。
ここが日本だったら、ホストになることをお勧めしたい。
「そういえば、カヌレがまだ少し残ってるんですけど、食べますか?」
「食べる」
ルクスさんは食い気味に答えた。
甘いものが得意なわけではないらしいが、「スズの作ったお菓子は格別」と言って嬉しそうに食べてくれるので私も嬉しい。
大きめのお皿に残ったカヌレと、タルトも一切れ載せてルクスさんに渡す。
「スズはいいの?」
「はい。私は今からチーズケーキ作りに励みます」
「見ててもいい?」
「退屈でなければどうぞ」
ふわふわのスフレチーズケーキを作りたくて、私は数日前から悪戦苦闘している。
分量と材料を調整しながら、もう四回くらい失敗していた。
「一昨日のも美味しかったよ」
「あれでは駄目なんです」
ルクスさんはカウンター席に座り、作業風景を見ながらお菓子を食べ始める。
「ルクスさんはこれまで、どんな恋愛をしてきたんですか?」
何か会話をしなければと気が急いて、変な話題を振ってしまった。
ここが日本の職場だったら、セクハラで一発退場になりかねない発言だ。
ひやひやしながら反応を見守ると、ルクスさんは特に気にする様子もなく、咀嚼の合間に返事をくれる。
「僕も全然だよ。騎士団は男所帯だし……声をかけられたり、お見合いを勧められることはあったけど、自分が結婚や恋をするっていうイメージが持てなくて」
ルクスさんは困ったように笑って、「一番身近な例であるはずの、親がいなかったからかもしれないね」と付け加えた。
私とは逆だ。私は親がいなかったからこそ、結婚や温かな家庭というものに憧れがある。
でも結局ないものねだりで、手に入れたからといって必ずしも幸せになれるわけではないと理解してからは、少し気持ちが落ち着いた。
「価値観は人それぞれなので、無理にしたくないことをする必要はないと思います」
「そうだね。でも最近は、信頼できるパートナーがいるっていうのもいいことだなと思う。ほら、ネイドたちも何だかんだ幸せそうだし」
「えっと……?」
私は材料をかき混ぜる手を止め、ルクスさんを見る。
「あれ。言ってなかったっけ。ネイドとシャロン、付き合ってるんだよ」
「え、ええ!?」
見た目に頓着なさそうなネイドさんと、大人美人のシャロンさんが?
「意外だよね。僕もこっちに戻ってきて、久しぶりに会ったら実は……って聞かされたんだ。びっくりして魔力を暴走させるところだった」
「驚きはしましたが、素敵なカップルですね」
ネイドさんの素顔を見ていなかったら、もっと驚いたかもしれないが、二人並んだ姿を想像すると麗しいカップルだなと思う。
「あの二人、昔からよく喧嘩してたから、犬猿の仲だと思ってたよ」
「実は痴話喧嘩だったわけですね」
先ほど、ルクスさんが「良かった」と言っていたのは、このことだったのかと今になって気づく。
友人カップルの片割れに私が惚れ込んでいたら、複雑な心境にもなるだろう。
私も、人の恋人をハイエナのように狙う女だと、誤解を招かずに済んで良かった。
「シャロンの誕生日、すっぽかさないといいけど……」
どうやらネイドさんは、過去に記念日を忘れた実績があるらしく、ルクスさんは心配そうに呟いた。
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