18
怨念に塗れたダインの五体が銃撃の反動で吹き飛ぶように転がって、今度こそ動かなくなる。
「なん、だ……、これ、は……っ」
レフィクールの表情が驚愕に染まる。
胸元に開いた風穴からぽろぽろと崩れていく身体の破片を掌の上で転がしては、欠片でその穴を埋めようと、何度も何度も掻きむしる。
だが、神殺しの弾丸をくらった神体の崩壊は止まらない。
指先が脆く壊れ、その手から細剣が転がりおちた。
人間にあるべき血潮は欠片も吹き出ない。
目の前の存在が人間ではない異形であることの証左だった。
「……なるほど。たしかに人間じゃねぇみたいだな」
「人間。これ、は……なんだ…………?」
茫然自失としながらレフィクールがこぼしたのは問いだった。
「お前が、やっ……、たのか……?」
純粋な問いかけだった。そこに敵意はなく、害意もない。数瞬前まで纏っていた神気も覇気も失った声音が響く。
人智の及ばない概念に昇華したからこそ、レフィクールはその身に降りかかった事象を信じ切れていなかった。
人が神に傷を負わせるなど、起こりえない。
まして、殺すなど、天地がひっくり返ろうともあり得ないはずだった。
けれど、その身体は風に吹かれて脆く散っていく。
「……は、ははっ」
神サマの問いかけに、ロックは力なく笑い返してやった。
たかが電気信号ごときで、無自覚に、意志など関係なく、反応を示してしまう人の身体ほど都合のいいものはない。
情け容赦などかけなければ、こんなことにはならなかったはずだったのに。
見届ける誰かなど、この場に残さなければよかったものを。
だからこそ、ロックは神に向かって唾を吐く。
「ざまぁみろ、ってんだ……」
神なんざロクなもんじゃない。信じていない。救いなどもたらさない。
そんな無慈悲な存在、いないほうがましだ。
「…………どうやら僕は、人間を舐めていたらしい」
レフィクールが悟ったように天を仰いだ。
「これが僕の運命か……」
いつの間にか、レフィクールが呼び寄せていた流星群は消え失せていた。
神の力を失い、天使にも人にも戻れないまま、その身体は崩壊の一途を辿る。
虹を纏った六対の翼はその末端から砂となり、虚空に舞って世界へ散っていく。
「人間」
「…………なんだ。いまさら命乞いか?」
「そんな惨めで醜いことをするわけがないだろう。だが、呪詛くらいは吐いておこうか。僕はすべてを観測していた。領域の外側もな。フィーネがいなくなったいま、ここで僕も消えれば、この輪廻は終焉を迎える。やがて外界とこちらを隔てていた障壁も消え失せる。だが、その瞬間、お前たち人間は後悔することになる。死んだほうが良かったと。永遠の十二月を繰り返すほうが幸せだったと、な」
「……後悔なんざ、とうに飽きるほど経験してるんだよ、こちとら」
それこそ、イヴが死んだ日から、ずっと後悔しっぱなしだ。
「……無念だよ。その顔が絶望に染まるのを見届けることができなくて」
「言ってろ。見せもんじゃあねぇんだよ。俺たちの人生は」
「…………この世界に、不幸あれ」
首から下を失ったレフィクールが、最後に、そう言い残し。
一陣の風が吹き、今度こそ、神の御姿が跡形もなく攫われて消えた。
今度こそ、おしまいだった。
静寂に満ちたなかで、大樹の葉がざぁざぁと擦れ合う音だけが、いなくなったものたちを名残惜しむようにいつまでも鳴いている。
救うはずだった人も妬むべき神もいなくなった世界の中心で、ロックは胸ポケットから煙草を取りだし、震える唇に挟むと、誰に返すでもない台詞を吐きながら、満天に浮かぶ月に向かって紫煙を吹かしつけた。
「このクソッタレな世の中に祝福あれ」
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