- 新世界開闢 - 2
滅びの詩は紡がれ、星々が墜ちてくる。
神の定めた運命から逃げる術などない。どう足掻いても死ぬだけだ。
けれど。
満天を埋め尽くす絶望の下、ただ一人、神の意志に反旗を翻した男の信念は揺るがない。
「レフィクール。お前の望みは果たされないよ」
はじめから、こうなることを分かっていたかのように。
はじめから、こうなることを望んでいたかのように。
「僕は、お前を赦さない。ここで殺す」
そんな告白に、レフィクールが微笑む。
「そうかい」
「死んで償え」
「御免だね」
交わされた言葉が合図だった。
銃声が鳴り響き、細剣が振るわれる。
血の通った人間の、赤い命の源が月下に咲いた。
ダインが、糸の切れた人形のように頽れて、新たなる神は泰然と反逆者を見下す。
「全部、知っていたよ」
こうなることすらも余地していたかのように。
反逆を斥けたレフィクールが飄々と語る。
「僕が恨まれていることも、きみが信者のフリをしていることも、僕の隙を窺っていたことも、なにもかも。神殺しの弾丸は神そのものを殺すことができる。確かにその通りだ。ならば、きみは必ずこの瞬間を狙ってくると踏んでいた。慢心する僕じゃあない。なにせ、その思考はかつて僕自身に古き神に向けたものなのだから」
「く、そ…………っ」
「けれど僕は慈悲深いからね。いま一度問おう。気を改めるつもりは――」
「毛頭、ない」
「……残念だよ。きみは優秀だった。反逆心さえなければ記憶を封じる必要もなく、忠信として僕の側へ置いたのだけれどね」
「願い……下げだ、そんな、立場は……っ」
「あまり喋らないほうがいい。傷口が広がって自然治癒が追いつかなくなる。峰打ちで勘弁してやったのだから、神の慈悲を素直に受け取ってほしいな」
「貴様、は……貴様、だけは…………っ!! エヴァの、仇……っ!!」
もはや気を保つだけでも精一杯だろうに、血まみれの両脚を震わせながらダインが立ち上がった。ロックは唖然としながら血みどろのダインを見る。
執念と激情がそうさせているのだと理解してなお、ロックはダインと同じ激情を抱くことができない。眼前に君臨した新たなる神が実妹を死に追いやった存在だとしても、仇討ちのためだけにダインのような生き様を選ぶことなんて到底できやしなかった。
――私のぶんまで、生きて。
エヴァは、復讐なんて、望んでいなかった。
生きてくれることを託された。
そうなのだとしたら。
「……俺は、とんだ馬鹿野郎、だな」
神がなんだ。
天使がなんだ。
世界の運命がどうした。
世界が滅びかけて、そのついでに人間もろとも消滅しかかってるってのに。
それを止められるかもしれない場所で、なに勝手に諦めているのか。
生きろってことは、運命にすら抗えってことだろうが。
「峰打ちですら耐えきれないほどボロボロになっていることを自覚してなお、意味はないと知りながら、僕に銃口を向けるのか」
「…………っ」
返事はない。銃を突きつけた、そのことが応えなのだと言外に言わしめる。
反逆者の態度にレフィクールは呆れた顔を浮かべてみせた。
「……これ以上は白けるだけだ。ダイン、きみにもう用はない。僕だっていつまでもつきあってあげられるわけじゃないんだ。これで最後にしよう。三度目はないよ」
天上に浮かぶ流星群が、大樹の枝葉を通して九龍城の最奥を明るく照らす。
レフィクールが細剣を下段に構えた。
「何度やっても同じことなのに、懲りないな、きみは。僕の意表を突こうとしたって無駄だよ。きみが引き金を引く瞬間に、もう剣は振り抜かれているのだから。銃弾ごときみの妄執を断ち切ってあげる僕の身にもなってほしいものだ」
「…………」
「黙っていないでなんとか言ったらどうだい。無心になって思考を読まれないよう心の壁でも作っているつもりなのかな。けれど、脳を騙すなんてできるはずもない。引き金を引く意志が読み取れてしまうのだから、いくら誤魔化そうとしても無駄だよ」
「……………………」
ダインは、ただじっと、銃口を向けていた。
顔を俯かせたまま、微動だにしない。まるで、気絶してしまったかのように。
(ダイン……、お前…………)
とうに限界を迎えていた身体は、妄執だけで動いていた。気の遠くなるような月日が過ぎるなかで、ダインをダインたらしめる六十億の細胞に染みついてしまった、復讐の情念。気を失えども、その身体は怨敵を殺すために動いていた。
だというのに。
こんなのは、あんまりじゃないか。
仇の懐に潜り込み、相棒であるロックすら騙して、たった一人で復讐を果たそうとした男のなれの果てが、これか。
引き金を引く、あとはそれだけ。
指先一つを動かすだけですべてが終わるのに、ほんの少しが届かない。決して綺麗で美しくはないであろう想いも、願いも、衝動も、なんにも果たされないまま終わるのか。
こんな結末は流行らない。誰も報われていない。
みていて反吐がでそうだ。
だって、そうだろう。B級映画の足元にも及ばない。
こんな結末は美しくない。
悲劇は、報われなくちゃあいけない。
ダインの異変に気付いた様子のないレフィクールが小首を傾げる。細剣を構えたまま、一歩、一歩と、動かない反逆者へ歩み寄っていく。
「……ああ、なるほど。きみはというやつは本当に不幸で悲しい生き物だ。意志など関係なく身体が勝手に動いて僕を殺そうとしていたのかい。けれど、指先一つ動かすだけ、怨嗟の念が足りなかった。」
ダインは応えない。
「なんともまぁ、悲劇の主人公がお似合いだな、きみは。愛しい人を失って、復讐をするためだけにこれだけの歳月を生きて、そうやって辿り着いた先で、なにも為せず、果たせず、報われずに終わっていくだなんて。とても人間らしいじゃないか」
まるで美しいものを見た、とばかりにレフィクールは興奮し、饒舌になる。
「この世界で最後の最期、いいものをみさせてもらった。新たな世界ではこういう感情を抱くことはもう二度とないだろうから、いい余興になったよ。これで後顧の憂いなく、僕は神としての務めを果たせそうだ。ありがとう」
予定していたプログラムはもうすべて消化したのだと告げる。一人勝手に終わらせようとする。
その慢心こそ、誰にもみせてはいけないものだと知っているはずなのに。
「――、――――――――っ」
ロックは、肺腑を搾るような声音で、小さく祈りを呟いた。
どれだけ醜く、危うく、くらく、くろい願いであったとしても。
祈りを込めた弾丸は、届かなくてはならない。
《神能発動:ギリシャ神話――天空神ゼウス――
「――あ?」
弱々しい電撃の煌めきが駆け抜ける。最早、人ひとりだって感電させるに至らない。
けれど、人間をほんの少し動かすのなら、それで十分だった。
電気信号を受信した指先がほんのわずかに動き、
「……ば、かな」
あるはずのない銃声が鳴り響いた。
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