14

「ああくそ、畜生がっ!!」


 憎たらしいまでに清々しい蒼穹が広がる空の下、ロックは悪態を吐きながらレッカの店を訪れた。

 入口の扉を蹴破るようにして入ってきたロックに、レッカは目を丸くする。


「一体どうしたんだよ、そんなに鼻息を荒くして」

「……ダインがフィーネを連れ去りやがった」

「そいつはまた一体全体どういう魂胆で」

「知らん。だが、行き先だけは分かってる。やつらの根城だ」


 それでレッカは悟ったようだった。

 重たい沈黙が店内を支配し、やがてレッカが口を開く。


「で、あんたはこれから一人で乗り込むってのかい」

「それ以外にここを訪れる理由がない」

「金は?」

「……ほら、これだけあれば満足だろ」


 言ってダインはカウンターに札束を放った。数日前、ダインがレッカに支払ったぶんの倍以上は積んである。


「とはいえロックが望むほど在庫がないよ。先日ダインにあらかた売っ払っちまったからね。ましてこのご時世だ。特にあんた向けのやつは市場に流通してる量も少ない」

「あるだけでいい。相手取るのは敵の大将だけだしな」

「……ダインは?」

「決まってるだろ。あいつは殴る」

「なにか事情があるのかもしれないだろ?」

「関係あるか、そんなもん。俺になにも告げずにフィーネを連れ去った。殴る理由はそれで充分なんだよ」

「……そうかい。まぁ、好きにしな」


 レッカが在庫を弾倉の在庫からいくつか選び抜いて持ってくる。いずれも表面を黄金にカラーリングされた一品は、ロック特注の一品。神能ゼウスを発動させるためには欠かせない代物だ。

 ありったけのスペアをショルダーに詰め込んでいると、レッカがぼそりと呟いた。


「絶対、帰ってきなよ」

「お姫様も馬鹿野郎も一緒に連れ戻してくるさ」

「途中まで送っていってやろうか」

「別にいい。これは俺とあいつらの問題だ」

「……そうかい」


 レッカに優しい言葉で送り出され、ロックは店を出る。

 それと同時。


「ッ!?」


 眼前で耳を劈く爆発が生じた。

 ロックは咄嗟に身体を投げ出し、地に伏せて爆風をやり過ごす。


「一体……何が……っ」


 濛々と立ち篭める煙の中、一つの人影がゆらりと現れる。


 やがて煙が消え去ると、そこには杖をついた老人が、ロックの行く手を阻むように凝然と屹立していた。


 胸元にさらしを巻いた柔道着だが、はち切れんばかりに盛り上がった筋骨隆々な胸筋と上腕筋が、強靱さをありありと主張している。


「また会ったのう。どうやら一人のようじゃが、少女はどうした?」


 隻眼の紅眼を向けながら、老人が嗄れた声でいう。


「……俺はいま、急いでるんだが。エヴァなんの用だ?」


 ロックはヴァルカンへ銃口を向けながら問い返す。


「はっはっはっ……、血気盛んでなによりだ。して、その質問に意味などなかろう? 儂の目的だってとうに理解しておろうに」

「そっちこそしらばっくれてんじゃねぇぞ。足止めのつもりにしちゃあ随分と派手じゃねぇの」

「あれはお主の力量を信頼してのことだ。そしてこれも――だなっ!!」


 ロックが引き金を引くよりも早く。

 矢のごとく飛来した数十の刀剣が、ロックの全身を貫いた。

 だが、すでにそこに実体はない。


「こいつは随分と手荒いご挨拶だ。それが白装束の礼儀ってことでいいんだな」

「……ほう、これが噂に訊くお主の《神能》か。なるほど一見しただけでは透過と見間違えるのも無理ないわい。じゃが……その程度の虚像ごまかしで幾度も儂を欺けるとでも思ったか。百億年早いわっ!!」

「――っ!?」

「一切衆生を穿つ焔の餌食となれ――」


《神能発動:ギリシャ神話――万機の鍛冶ヘーパイストス――万雷奏でる紅蓮の焔プロメアロード


 ヴァルカンが杖を振るうと同時、標的であるロックを中心に爆炎が巻き起こる。


「ぐっ……!?」


 ロックは咄嗟に身を伏せた。

 そこへ、忽然と姿を現すヴァルカンがロックを睥睨して、嗤う。


「そこか」

「――っ」


 危機を察したロックは地面を転がり、後方へ勢いよく身を投げる。何処からともなく現れた刀剣たちが、寸毫、ロックが伏せていた場所を華麗に踊り、アスファルトを豆腐のように切り刻んだ。



(……こいつ、俺が見えてやがる)


 状態を起こしながら、苦虫を噛み潰すようにしてヴァルカンを睨む。塔都神宮砦の中央へと至る近道の一つ――天井層への入口は老人の背後、目と鼻の先だ。

 だが、その道のりが果てしなく遠い。


「見えてるっつーのは、はったりじゃねぇってことかよ」

「惜しいな。腕の一本も刈れぬとは。儂の腕も衰えたか」

「てめぇ……」

「はっはっは。そう睨むな。遊んでいるだけであろう?」

「……まさか最初の一手で看破されるとは思ってもみなかったがな」

「虚像を映し出し、視覚を騙す。それはなにも光の専売特許ではないからの」

「……別に手の内がバレたところで痛くも痒くもねぇよ。それと生憎、あんたと遊んでやるつもりもないし、暇もないんでね」

「儂はレフィクール様からお主と存分に遊んでやれと仰せつかっているのでな。悪いがここで地団駄を踏んでもらうぞっ!!」


《神能発動:ギリシャ神話――万機の鍛冶――青銅の鐘タロース・ウォー

《神能発動:ギリシャ神話――万機の鍛冶:同質展開――北欧神話――主神の大金槌ウォー・ハンマー


 再びヴァルカンが杖を振るうと、直径十メートル級の頭上に青銅、そして大金槌が顕現し、


「五感が壊れる心地をとくと味わえ」

「やっべぇ――」


 ロックが逃げる間もなく、大金槌が鐘へと勢いよく振り下ろされた。


 だが、


「――悪いけど、そいつはあたしが止めさせてもらう」


 大金槌がヴァルカンの眼前で拉げ、地面を転がった。

 瞬く間に赤熱に輝き、原型を失ってアスファルトへどろりと溶け出していく。


「……はて、これは一体なんだ?」

「……ったく、店の前でなにおっぱじめてやがる」


 耳を塞ぐロックに向けて放たれた声はどこか苛立たしげで。


「それと。なにやってんだ、師匠」

「……レッカ、か」


 互いの瞳に灯る紅蓮の瞳が交錯し、


「……走れ、ロック!! ここはあたしが引き受ける!!」


《神能解放:ギリシャ神話――叡智の焔を盗んだ賢人プロメテウス――燦然世界プロミネンス


「ぬっ……、させるか!!」

《神能解放:ギリシャ神話――万機の鍛冶――驟雨刀剣乱舞レインダンスレイン


 ロックの行く手を阻むように降り注ぐ凶刃を、烈火の焔が次々と飲み込んでいく。


 壮絶な光景を目の当たりにしながら、ロックは九龍城の入口へと駆け、


「行かせるかっ!!」

「あんたの相手はあたしだよ!!」


 眼下で巻き起こる爆発と金切り音に身を竦ませながら、その奥へと姿を消すのだった。

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