Interlude 3
イヴが死んだあの日のことを思い出すたび、怨嗟に飲まれ、復讐の灯火に身を焦がす。
「お義兄さん……イヴが、撃たれ……ました」
目の前で起きた惨劇を、ダインは夢か幻であってくれと願った。
だが、世界はダインの今生の祈りを聞き届けてくれなかった。
事態を回避する方法はなく、結末を変える術はなかった。眼前で失われていく命の灯火を掬っては戻し、イヴの外側へと零れていかないようハンカチで傷穴を塞ぎ、それでも止めどなく溢れ出る血潮を何度も何度も掻き集めた。
虚しく非情に世界へ溶け出していく彼女の破片は熱く、脆く、たやすく穢れて、指と指の間からこぼれ落ちた。
あとには彼女を構成していたものが詰まっていた空虚な身体が残された。
毎日のように悪夢にうなされた。
デートをしなければよかった。
水族館など行かなければよかった。
ディナーを外食で済ませなければよかった。
指輪など渡さなければよかった。
余韻に浸りながらいつもと違う通りなど歩かなければよかった。
僕が路上側にいなければよかった――。
お前が、お前がイヴを愛さなければ。
あの日の行動一つ一つが最愛の人を死へと追いやったのだと、夢に現れる自分自身に糾弾される。幾度も繰り返し見せつけられるイヴの死。耐えきれなくなって、寝ることもろくにできなくなった。死んで楽になりたいくせに、死ぬことが怖かった。イヴを愛したこの気持ちを失ってしまうことがなによりも恐ろしくてたまらなかった。
そうして絶望に淵に蹴り落とされたときだった。
塔都理想教会の存在を知ったのは。
研究所の所長だったレフィクールが教団の長であったことを知ったことも、また。
――理想郷へと至ることができれば、汝が願ったことのすべてが叶う。
レフィクールが幾度も繰り返すその甘言は、ダインにとっての救いだった。
絶望という名の暗闇を照らす一筋の光そのものだった。
ロックには告げず、ダインは教徒となった。
だが。
数日もしないうちに、真実を知った。
――きみの恋人は、世界の礎とするために殺した。あれは神託の導きだった。
――彼女の神能は始まりの人間のそれだ。これは神の配剤だったんだ。
――僕が新世界の神となるために、彼女はやがて蘇る。
――数多の原罪を償うことで、人類を新たなる理想郷へ到達させる。
――けれど、必要な魂の数はこの世界中のすべてを掻き集めてもまるで足りない。
――だから、世界を幾度も繰り返し、何度も死んでもらう必要があるんだよ。
レフィクールの語る計画は常軌を逸していた。
だが、不可能ではなかった。その事実を、他の誰よりもダインは理解していた。何故なら、彼こそが天使であり、神の堕とし子であり、神能をこの世界へ授けた本人だったから。
ダインに選択肢はなかった。
イヴが戻ってくるのであれば、すべてを捧げてもいいと思っていたのだから。世界など知ったことではない。イヴのいない世界に意味などないのだから。
まさしく天の配剤だった。
イヴが死に、ダインが教徒になったいま、こうしてレフィクールの手元にすべての駒が揃ってしまった。レフィクールの手前だというのに、自嘲まじりの笑みがこぼれてくるを堪えきれない。じつに哀れだ。こうも哀れに掌で転がされて、分かっていながら転がされ続ける他ないのだから。
なんて滑稽だろうか。道化にも程がある。
「僕も、理想郷へ連れて行ってくれるんだろうな」
――いや。
「……ああ、約束しよう。きみが僕を裏切らない限り、僕もきみの願いを裏切らない」
「イヴは本当に蘇るのか?」
「嘘は吐かないよ。ただ、イヴとして蘇るか、あるいは別の人格が宿ってしまうかは僕にもわからない。それ自体がイヴに宿っていた始まりの人間の神能によるものだからね」
それでも構わなかった。生きたイヴとまた出会えるのなら、なんでもよかった。
心の中で快哉を叫んで、ダインはレフィクールの計画通りに準備を進めた。
――彼を欺く手段はある。
「教徒のなかに僕の記憶を封印できるやつはいるか? イヴが蘇ったとき、それを解除できるようなら、なおさらありがたい」
「ああ、問題ない。アポロの権能であれば、きみの記憶に鍵をかけることができる。彼は医療の神の力をもっているからね。けれど、いったいなぜそんなことをするんだい?」
穏やかな笑みを浮かべたまま小首を傾げるレフィクールに、ダインもまた微笑み返す。
――為せるのは、自分だけだ。
誰にも悟られてはならない。
目の前で微笑む罪人に報復する、機会の到来を待ち望んでいることを。
そして、もしレフィクールが正真正銘、新たなる世界の神になることを望んでいるのだとすれば。
殺せる方法が確かに存在することを。
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