Interlude 2
ダインがイヴと初めて出会ったのは、無機質で透明なガラス越しだった。
国立神能解析研究所の研究員として、天使の施しである神能の特性や発現経緯の研究をしていたダインのもとには、毎日のように被検体のデータが届けられる。その中から特に異質な神能を宿した対象と面会し、神能発現時の生体データを採取し、分析し、共通項を探るのがダインの仕事だった。
研究テーマさえ異質だが、やっている研究自体はありふれたものだった。
神能を持たないダインが研究員として重宝されているのは、採取した生体データに対して神能による加工や変質を与えるができないからだった。
要するに、生データを生データのまま扱うことしかできない。
いまや神能を有すること日本人が九割を超えているにもかかわらず、神能に対する適正がなかったがために、細工もできない能なしがダインだった。
それがこうして超一流で最先端の研究を扱う場所で重宝される、というのも実に癪な話だった。
無能という落ちこぼれのレッテルを貼り付けられていると自覚してなお、研究自体は楽しかった。神能の核心に至る、その一端を担っているという事実に優越感に浸っていたのは事実だ。それに、学生時代には想像もしなかった神能を宿す人間が毎日のように現れて、その身上を語ってくれる。日頃のそうした現実もまた、刺激的で退屈しなかった。
自分にないもの。それを宿す故に苦しむような被験者が多く、持たざることに安堵すら覚えることもあったほどだ。
研究所に所属して一年が経過する頃だった。
ダインはイヴと名乗る被験者の相手をしていた。普段となに一つ変わらない問答を繰り返し、それをまとめれば生体データを採取して終わり、というルーチンに乗っかった一人。
仕事が終わればもう会うこともない。
だが、彼女に宿った神能が、一度きりを許さなかった。
「神能を宿している、と検査で解析はされているのですが、一般的な検査では特性がまるきり分からないんです。発現の方法も知らなくて」
神能を宿すにあたり、日本人は皆、親の合意を前提に、幼児の頃にマイクロチップを埋め込まれる。青年期になる頃までには意識さえすれば神能を自在に発現させることができるようになる。
つまる話、発現の方法を知らないということは、発現できないことと同義だった。
なのに、彼女の神能は発現しているとの検査結果なのだという。
それも、常時。
「妙ですね……。発現すれば、なにかしらの現象は生じるはずです。発現させることも無意識のうちにできるようになっているはず……。チップの型番を調べてみましょうか」
マイクロチップにはそれぞれ固有の製造番号が割り当てられている。製造会社ではその番号と、チップに宿した神能の種類を公開している。ゆえに、珍しい神能や将来的に有能な神能は高値で取引される。
イヴの身内については調査済みだった。長男だからだろうか、彼女の兄であるロックにはギリシア神話に代表される全能の神ゼウスのマイクロチップが埋め込まれていた。
大枚を叩いたに違いない。その反動からか、イヴにはめぼしいマイクロチップを与えてやることはできなかったのだろう。有能であればこんな研究所に用はないはずだから。
製造番号で検索をかけるも、研究書のデータベースにヒットしない。ならばと、データベースの管理機関へ直接に問い合わせるまで。
『神能解析研究所です。製造番号に問い合わせです。こちら番号は――』
『その番号は神能名称が設定されていません。また、神能についてはその一切について秘匿処理が施されています』
ダインはその回答に耳を疑った。
特定の神能のあらゆる情報に秘匿処理など聞いたためしがない。
『秘匿処理の理由は? 一体誰がそんなことを』
『理由は開示できません。秘匿者については伝達可能情報となります。ただし、照会者に対してのみ開示可能であり、照会者が所属する団体を含めた第三者へ当該情報を共有した事実が確認された場合には、重大な機密保持義務違反として無期懲役相当の量刑を課される場合があります。これを承知したうえで、照合を求めますか』
つまり、聞き出してもダインの胸の内に秘めることしかできない、ということだった。研究所はもちろん、照会の当事者であるべきイヴにすら伝えることができない。
ここから先は、仕事としては無為な問い合わせに他ならない。
けれど、好奇心が勝った。
それは研究者としての本質からだったのか、イヴに興味を持ったからだったのかは分からない。
だが。
一つ。
決定的に間違いだったのは。
『照会を頼む』
『了承しました。秘匿者はレフィクール。国立神能解析研究所、現所長です』
その情報こそ、決して触れてはならない
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