Interlude 1

 イヴが死んだあの日のことを思い出すたび、胸にひびが入るような痛みに囚われる。


 ロックはあの日、請け負っていた仕事を片付け、仲間うちで小さな祝杯をあげていた。仕事はごくごくありふれたもので、警察の依頼で窃盗グループの犯行現場を押さえるという大したことのないものだった。


 安い仕事ということもあり、ダインの手は借りなかった。当時はまだ神能解析に携わる研究員であり、暇があれば万屋稼業にしぶしぶ協力してくれていた助っ人のような存在だった。


 恋人たちが待ち望んだ聖なる日。折角のクリスマスイヴなのだからイヴとデートを楽しんでこいと背中を押してやったくらいだ。今年こそ決めることを決めてこいと、いずれは家族となるのだからと、兄として気を利かせてやったのだ。一方でロック自身は独り身だったがゆえに、恋人不在の野郎連中とともに「クリスマスなど爆発すればいい!」なんてばか騒ぎながら酒を呷った。ほろ酔い気分のまま一軒目を後にして、二軒目をどこにしようかと新宿をうろついていた。


 そのときだった。

 イヴが撃たれ、病院に搬送された、とダインからの電話を受けたのは。


 駆けつけたときにはもう、イヴは瀕死だった。背後から銃で撃たれ、たった一撃が致命的だったらしい。辛うじて残る命の灯火に薪をくべても、もはや助かる見込みはなかった。


 ――私のぶんまで、生きて。


 イヴが口にした最期の言葉は、この胸にいまも刻み込まれている。


 葬式が終わってもなお、飲んだくれている間に妹が悲劇に見舞われた、その事実を上手く飲み込むことができなかった。幸か不幸か、すでに胃に入れていた酒とアルコールが邪魔をした。


 警察の捜査も虚しく、犯人は捕まらなかった。どころか、容疑者の一人すら見つけ出せずじまいだった。


 あの頃からだろう、ロックが警邏を微塵も信用しなくなったのは。


 ロックが悲しみに暮れる一方、ダインもまた茫然自失の日々を過ごしていた。

 自分がそばにいながらどうしてイヴを救うことができなかったのかと嘆き、自分をひたすら責め続けた。

 その痛々しい姿に、ロックもかける言葉が見つからなかった。


 ロックはイヴの身辺を整理した後、酒を断った。道楽で続けていたギターを捨て、稼業に明け暮れた。そうでもしなければイヴに申し訳が立たなかった。せめてもの、できる償いようのな、贖罪にも似た衝動に駆られてのことだった。


 イヴの死に飲まれないよう必死だった。突然訪れた最愛の人の喪失に打ち拉がれ、再起不能なほど精神を病んだダインを目の前で見ていたから、こうなるまいと決意した。

 警察が頼りにならないならばと、ロックは稼業の合間を縫ってイヴが殺害されたその瞬間に居合わせた目撃者を探した。何度も現場に訪れ、微かな証拠でもいいからと一縷の希望に縋った。


 けれどなにも得られなかった。


 そして、容疑者不明のまま、イヴの死は未解決事件となった。


 凶悪犯罪が日常茶飯事に発生する世界で、解決の糸口すら掴めない殺人はすぐに誰もが忘れ去る。当事者を置き去りにして、世界は何事もなかったかのように新たな一日を迎える。

 このときはじめて、ロックは薄情で残酷な世界を呪った。

 神能が生まれ、新たな可能性に満ちたこの世界はつねに未来を向いていて、過去を振り返る者など存在しない。他人が抱える痛みにはひどく鈍感で、構っている暇すらないのだと、そう言われているような心地だった。


 そうしてロックが現実に絶望していく傍らで、ダインは徐々に再起していった。けれど、それは決して望んだ通りではなく。


「僕が……必ず、犯人を殺す。首謀者は、必ず……この僕の手で」


 復讐の焔を灯し、譫言のようにそう呟くダインは、頻繁に事務所を不在にした。

 どこでなにをやっているのかロックに告げず、帰ってくれば血に塗れた服を剥ぎ捨て、すぐに新たな服を纏って外へ出て行く。殺しをやっていることは一目瞭然だった。


「お前……その調子だと、いずれ捕まるぞ」

「そんなことはとうに覚悟してます。それでも、僕には果たさなければならないことがあるんです」

「……そいつは、一人じゃないとできないことなのか?」

「他の誰かの手を借りるつもりは毛頭ありませんよ。これはただの私怨です。償いです。こんな自分勝手なことに誰かを巻き込むなんてできるはずないでしょう」

「……なら、俺が手を貸してやる」

「……僕にその懇意を否定する権利なんかありません。好きにしてください」


 こうして、ロックとダインは正式に手を組むことになり。

 その一ヶ月後、世界は永劫輪廻に囚われることとなったのだ。

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