4


「――……で、なんであんなところをほっつき歩いてたんだ、ダイン」


 犯罪者どもの亡骸を警察へ引き渡し、その首にかけられていたらしい雀の涙ほどの懸賞金を受け取ったロックは、銀髪の青年――もとい仕事の相方であるダインとともに署を後にした。


「事務所に戻ろうとしたらたまたま出くわしたんですよ」


 無地の白シャツの上にベージュのジャケットを羽織り、紺のスキニー、白のキャンバスシューズという風体で夜通しあちこちふらついていたらしい。草臥れたジャケットは煤けたように薄汚れ、銀色の指輪を通したネックレスは陽光を受けて鈍く輝いている。

 感情の乏しい白皙はくせきの面構えは、時代が違えば異性から引く手数多だったろう。その風貌から、薄幸の美青年、という二つ名がしっくりくる。決して頑健な体躯ではないロックが殴っても吹き飛びそうな華奢な体つきだが、背負った二つ名は、神殺しのダイン。その外見にはあまりにも似合わない物騒な異名だが、射撃の腕前は一流だ。かつては国際大会で表彰台にのぼったことがあるくらいには。

 そんなダインが首をこきりと鳴らしながらか細い声で言う。


「まさか初日からあんな屑どもとかち合うなんて、この一ヶ月は運気の流れがとてつもなく悪そうで嫌になりますよ」

「それはそうと、今朝はどこでなにをしていた?」

「……久しぶりにイヴと過ごした景色を巡っていました。ふと、懐かしくなったので」

「……そうか」


 そう言われてしまうとロックも深入りできない。

 夜通しほっつき歩いていたせいか色濃い隈を浮かべるダインは、ふわぁと大きなあくびをして、それからロックがその手に握る小袋をじっと見つめる。

ぎっしり詰まっているのは、金貨、銀貨、そして札束だ。


「それ、どうしましょう。山分けにでもしますか?」

「たいした額じゃねぇし、この一ヶ月の軍資金にするつもりだ。武器の仕入れで入り用になるからな」

「……今度はどんな面倒ごとに首を突っ込むつもりなんですか」

「数千回に一回くらいはお天道様に胸張れるような生き様を歩んだってバチはあたらねぇだろ? たまにはそんな生き方してみるかってやる気になってんだ」

「なるほど。それで子悪党の成敗なんて偽善に手を染めたってわけですか。神様の点数稼ぎなんて、まったくもっていまさらですよ。いったいどれだけの悪事に手を染めてきたと思ってるんですか。挽回なんて徒労に終わるだけだ」


 もっともな指摘だった。万屋に舞い込む依頼の大半は端から聞けば真っ当な内容だが、なかにはあくどい仕事もあるし、依頼遂行のためならばあらゆる悪事に手を染めてきた。もはや人様を殺めた数なんて桁すら記憶にない。


「正義のヒーローごっこも真剣にやってみると愉しいもんだぜ? 餓鬼のころにやったことあるだろ?」

「僕は弱者という庇護されるべき名の下に主人公から救いを差し伸べてもらうモブ役でしたよ。主人公なんて役回りを背負うには役者不足が過ぎることくらい自覚してます。それに、主人公なんていつも気を張っていないとならないじゃないですか。嫌ですよ、そんなのは。僕はもっと気楽に生きていたいんです」

「そいつは人生損してるぞ。正義の御旗を振るって悪者を倒す、あの爽快感を知らないなんて可哀想だ」

「……こうして話してみるとつくづく思いますね。あなたとはとことん趣味が合わない」


 ダインは疲れたとばかりに重たい溜息を一つ。


「こんな世界、適当に生きていたほうが自分のためだってのに。死んでも死んでも死にきれない。懸命に生きたところで一ヶ月後には記憶以外のすべてがリセット。生きた心地もまるでない。まったくもってクソッタレな世の中で気が向いたからって理由だけで善行を積むだなんて、あんたも随分と人間ができている」

「世の中をクソ呼ばわりするついでに俺のことを馬鹿にしてるか? もしや」

「まさか。無二の相棒でかつ義理の兄を馬鹿にするなんて、とてもできることじゃないですよ」


 すっと目を逸らしながらそう吐き捨てるダイン。

 言葉尻にどこか含みがある気がしてならないが、問い詰めたところでダインが本心を吐露するはずもない。

 ロックは小さく首を振り、そういえば、と枕詞を挟んで話題を変える。


「奴らに捕まっていた女の子、結局行方知れずか……」

「彼らを殺してしまったから、誰が彼女の身柄を欲しがっていたのかも把握できず終いですね」

「死人に口なし……か」


 後悔したところで遅い。証拠はなく、足取りは追えなくなった。

 夕刻に引き渡しだの高く売れるだのとあれこれ喋っていたのだけは覚えているが、どこで誰と取引をするのかは皆目不明。賞金を受け取るついでに警察署で探ってみたが、有益な情報の一つもありはしなかった。


「銃を引き取ったらぶらついてみるか。また出会えるかもしれないし」

「……くれぐれも、つまらない遊びに僕を巻き込まないでくださいよ」

「たまには俺の趣味に付き合ってくれてもいいんじゃない? どうせ暇だろ?」

「イヴの墓参りをしないといけないので」

「……っと、そういやそうだったか」


 月末はロックが、月初はダインが、それぞれイヴの墓参りをするという決まり。

 時の牢獄のなかで唯一、二人が絶対に遵守しようと決めたルールだ。

 なにがあっても、その用事だけは邪魔をしてはならない。いかなる火急の用件よりも優先できる相互不可侵の誓い。


「供え物を買ったらそのまま霊園に向かいます。事務所には夕方までに戻るつもりですが、あなたの気まぐれに付き合えるかは約束できませんので」

「こっちこそ誘っちまって悪かった。イヴによろしく言っておいてくれ」

「それは構いませんが……昨日、行ったのでしょう?」


 昨日と言っても、巻き戻る前の大晦日だが。


「俺たちにとっちゃ感覚的にそうなる。けど、あの世はどうかわからないだろ?」

「……わかりました。適当に伝えておきます」

「頼んだ」

「それと、やっぱりお金は僕が預かります。たかが少額でも気の迷いで酒場につぎ込まれたらたまったものではありませんから」

「……オーライ。そっちこそ、新しい服を見つけたからって新調するんじゃねぇぞ」

「わかってますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る