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無数に建造された灰色の尖塔と数多の円柱が立ち並ぶ異様こそが、日本の首都――塔都の象徴だ。
かつて東の都と呼ばれた一大都市は、この数百年で際限ない繁栄の一途を辿っていた。
それもすべては神と天使がもたらした超常の力によるものだ。
はるか昔に天使からこの塔都へもたらされた福音――もとい異能である『
神話に描かれる神々の権能――神能を行使可能とする人体埋込型電子回路は、いまや量産化され、希望する人類すべてに埋め込まれた。ロックもその例外ではない。
そうして、人類は赤子の手を捻るが如く、数多の超常現象を顕現できるようになった。
それらの根源を牛耳る日本が、世界の頂に立つはず、だった。
だが。その繁栄は突如として終わりを迎えた。
世界の頂点として君臨していた塔都の中心部が、世界そのものから切り離された。
範囲にして、明治神宮を中心にして半径三キロ。突如として出現した半透明の壁に閉じ込められたあの瞬間に運命は定まってしまった。
巻き込まれた被害者はおよそ三百万人。
かつて栄えた商業施設を住宅特区とした影響で、当時最も人口が密集する渋谷区が取り込まれてしまった影響は大きかった。
永久に続く世界の終わりに閉じ込められた区域は外部との更新の一切が遮断され、外界からもまた、一切の援助が望めない。ロックもダインも遠くに住む家族と離ればなれになり、以降、連絡の一つすら取れていない。外の世界が狂うことなく進んでいれば、とうに天国へ旅立っているはずだ。
そういう人間が数多いた。巻き込まれ、どうすることもできなくなり、けれど、いつしか皆が諦めた。
幾度となく繰り返す一ヶ月。その回数が増えるほど、絶望と諦念だけが深まっていった。解決の糸口がないまま過ぎ去る日々。巻き込まれた人々たちの不安が限界に達するなか、あるとき、根も葉もない噂が流れた。
――これは、神能による超常現象ではないか。
――ならば、神能を扱う人間を排除すれば解決するのではないか。。
それは巻き込まれた大勢にとって是が非でも縋りたい主張だった。
果たして、神能をもつ人間は一度、全員が皆殺しに遭った。
それでも、塔都を犯す異変は止まらなかった。巻き戻った世界で、殺したはずの人間が息を吹き返してしまった。
つまり、この異変は。
その結論がもたらした絶望は、語るまでもない。その後は、ただただ、地獄が繰り返された。神能を宿した人間による虐殺と反逆がはじまり、恨と憎しみが連鎖し、あらゆる殺戮がいたる場所で繰り広げられた。
繰り返される痛みに耐えかね、腹に子どもを宿したまま絶命する女がいた。窃盗、強姦、殺人、放火――ありとあらゆる犯罪に手を染める郎党がいた。借金を踏み倒し、積み重ねた信用を切り崩して豪遊し、怠惰の限りを尽くす者がいた。虐殺された無辜の善良な市民が、繰り返す世界で募る恨みを晴らすかのように神能を振るいはじめ、私怨に塗れた殺人鬼に堕ちて、悪逆の限りを尽くした。
恨み、妬み、悪意は無尽蔵に積み上がり、比例して極悪な犯罪が激増していった。
死んでも生き返るのだから、なにをしたって自由だと。無責任で無自覚なシュプレヒコールが閉ざされた世界を狂気で染め上げ、感情の赴くままに悪逆を繰り返す者が跋扈するようになり、人間を人間たらしめていた理性と倫理と道徳を崩壊させた。
死刑は刑罰として意味を為さなくなり、犯罪に歯止めをかける術はなく。正義の鉄鎚の体現者たる警邏組織は名実ともに形骸化し、新たな秩序など生まれるはずもなく。法も秩序も、蔓延り続ける憎悪と本能の前にはいよいよ無為と化した。
この世界に救いはない。
ここよりひどい地獄もない。
唯一の希望は、何万回も繰り返す世界で、いまだに正義を貫こうとする人々の意志の強さだけ。それだけが辛うじて人間が人間として在るために必要な理性の一欠片。
だが、そんな存在は、もはや絶滅危惧種で、それこそ狂った精神の為せるものだった。
ロックのように、ふとした思いつきで偽善に身を投じることもまた、同様に。
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