第一章 - 新世界創世・明治神宮事変

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『――……このラジオを聞いている兄弟ども、おはよう。そして残念ながらいつもどおりのお知らせだ。清々しいまでに巻き戻った今日は2822年、65000と535回目の12月1日だ。時刻は午前9時。どうやら世界はまだへそを曲げたままらしい。ボーナスが振り込まれているはずの預金残高は確認したか? 昨日までに張り切って仕上げたの年末期限の仕事の成果は? 冷蔵庫に詰め込んだ牛乳の消費期限は? そして、このクソッタレな世界に幻滅してくたばったはずの野郎どもは息を吹き返しているか? ……なに、記憶以外のなにもかもが元通りだって? 

 そいつはおめでとう。そして、ご愁傷様。新しい一日、新たな一ヶ月の始まりだ』


「……本当に、クソッタレだ」


 壊れかけのラジオが伝えてくる知りたくもない周知の事実に、二度目を決め込むには充分な微睡みが一気に消し飛んだ。聞き慣れたラジオパーソナリティの声に混じって、けたたましいサイレンの音色が漏れ聞こえてくる。


『おっと、こいつはまたド派手な雑音が紛れちまった。年末から月初に巻き戻ってまだ数時間だぜ? やりたい放題にも限度ってもんがあるだろ。なぁ? 俺のラジオに耳を傾けているリスナーは行儀良く過ごそうぜ。いつかこの世界が元通りになったとき、お互いがお天道様に顔向けできるようにな』

「……いつか、ね」


 そんな日を待ち望み、果たしてこの世界が狂って一万年以上が過ぎてしまった。世界が永久に続くエヴァーラスティング世界の終わりワールドエンドから抜け出せることなんて、もはや誰も思っていないし期待もしていない。あまりにも非現実的でキザったらしい文句を最後に、ラジオは月初恒例ともなった古き懐かしの名曲紹介コーナーへと移っていく。

 ロックは気怠さの残る身体をベッドから起こして風呂場に直行し、頭から冷や水混じりのシャワーを浴びる。二十二歳にして白髪交じりの短い黒髪をワックスで調え、頬を引っぱたいた。肌艶は良好。目元の隈もすっかり治ってる。

 だってのに、十二月を繰り返す度に増えている気がしてならない。

 白髪も、溜息も。この憂鬱な心地も。


「ダインのやつ、戻ってこなかったのか……」

 新宿区は代々木の一角にひっそりと佇む廃線沿いのアパート。

 その二階に構えた事務所兼自宅は、客間、寝室、リビング、ダイニングが備わっていて、贅沢なことに風呂とトイレはセパレート。寝室にはベッドが二つ並び、ロックは出入り口に近い一つを使っている。


「あいつ、どこをほっつき歩いてるのやら……」


 この部屋に入り浸っている相棒ダインは、例のごとく帰ってこなかったらしい。

 腰にタオルを巻いたままキッチンに立ち、適当にバターを塗りたくったトーストと気付けの一杯にありつく。珈琲はブラックに限る。

 イヴの好みと正反対で、甘ったるい食べ物は大の苦手だった。


「なんにせよ、レッカから銃を受け取らないとはじまらねぇな」


 月初めだけはやることが決まっている。整備へ出している愛用の一挺を鍛冶屋から受け取らなければならなかった。

 万屋なんて適当な看板を掲げた、その実は掃除屋稼業。

 ロックとダインは、報酬に見合う仕事ならなんだって請け負うことにしている。

護衛も、殺しも、人助けも、なんでもやる。

 自分たちが死なない程度にできることなら、なんだってやるのがモットーだ。

 とはいえ商売柄、道具がなければ話にならない。

 鍛冶屋を営むレッカの店は午後からだ。目下の時刻は10時を指し示す頃合い。

 珈琲を啜りながら中途半端なこの午前様をどうすべきか思索に耽っていると、随分と久しい頃の思い出が脳裏を過ぎった。


「……奴らが懲りてなけりゃ、小遣い稼ぎができるかもな」


 不敵な笑みを浮かべてロックは思案する。

 仮にアテが外れたなら、適当に近辺をぶらついて時間を潰せばいい。

 一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあるというのなら、一月の計もまたこの数時間にある。


「記憶が確かなら、そろそろ外に出ないと犯行現場に立ち会えなくなるか」


 そうと決まれば、善は急げだ。

 ロックは手早く身支度を調える。

 木目調のテーブルに放ってあった新品の煙草とジッポー、それから財布を鷲掴み、ジャケットの胸ポケットへ。背丈の低いチェストに立て掛けてあるイヴの遺影に手を合わせ、スペアの銃をホルスターに突っ込むと、履き慣れた革靴を踵で潰しながら外へ出た。


 西暦2822年は12月1日。65535回目の師走のはじまり。

 何万回も見てきた分厚い曇天がロックを出迎えた。

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