第6話 推しと夢

ジムを介してセルジュとの間に、毎月”スポンサー契約”を結んだ

スポンサーと言っても、個人スポンサーで何の宣伝をするわけでもない

そもそも、4回戦ボクサーのスポンサーになった所で、何の広報効果もありはしないのだ

”特典”として、ジムへの出入り自由や、試合の時のセコンドに同道できるようになった


ジム生たちの間で、私がセルジュの愛人みたいな噂が立っているのは、うすうす知っていた

申し訳ないと思いつつ、でもセルジュはとくに何の変わったそぶりもなかった

あいつはまるで他に何の関心もないみたいだ、一つのこと以外に関しては…


大した金額ではない、セルジュがドミトリーから、新しく安い賃貸に一人暮らし出来る家賃分くらいを

毎月支援するような小さなものだった

けれど、それから私の生活に張りが出てくるのがわかった

機械的に通っていた仕事、過食に使っていただけの給料だったが、朝起きて頑張ろうと思える気持ちが違っていた

これは依存しているのだろうか

けれどとくに私は何も求めていなかった

あいつが、一つずつ、あいつの望むものに向かって這い上がっていくのを見るのが楽しかったのだ

それがたとえ、暗い血まみれの果てが結末であっても…


セルジュがプロデビューして、半年が経った

4戦という早いペースで、相変わらず生き急ぐようだ

来た話は絶対に断らないし、何ならトレーナーたちがどこかの興行で[スーパーフェザー級・4回戦]が空いているというのを聞きつけただけで

セルジュは珍しく自分から口をきいて、「その試合、入りたいです」と頼むのだった

まだはじめたばかりで、ダメージは無かったようだったし、オーバーワークによるケガだけが不安だった

けれどそのせいで、大した減量もしないですんでいた


4戦してKOは1つだけ

がむしゃらに突っ込むのがとりえのセルジュだったが

相手が見えておらず、自分の動きだけで進んでいるようだった

並外れた練習量もあって、とりあえず勝てはするが、KOの少ないボクサーは、いずれ売れなくなる

5戦目は、ベテランとの試合だった


私も、ジムで過ごす時間が多くなっていった

あの陰気な家に帰っても、顔を突き合わすとどこか昔の恐怖がよみがえってくるあの男といても

どうせ自室に帰って過食嘔吐を繰り返すだけだ

それよりも、機械的にリズムを刻むような、セルジュの縄跳びや、流れるようなシャドウ、サンドバッグを打ち込む姿を見ていたほうが

心が安らいだと言ってもよかった


いつの間にか過食やリストカットは減っていた

ある時、へとへとになったセルジュが私の横に座って言った

へとへと過ぎるから、あんなことを言ってみたのだと思う

「あんたも、殴ってみるかい?」


セルジュの予備のグローブを借りて、皮とどこか汗臭いようなにおいがしたが、不思議と抵抗はなかった

グローブをはめ、セルジュが持ったミットに打ち込んでみる

「一歩前へ出るように、軽く先にあるものをつかむように、拳を出してみるんだよ」

自分でもあきれるくらいフラつきながら、言うとおりにグローブをつけた拳を伸ばしてみた

思ったよりも、セルジュが優しくミットを当ててくれる


「当てようとしなくていいんだ、つかみたいようにパンチを出したら、俺が当ててあげるから」

こいつ、こんなにしゃべることが出来たのか

この時ばかりは、いつも率先して話すほうの私が、黙って息をあげながら、セルジュの持つミットに吸い込まれるようにグローブを出し続けていた

次第に身体があったかくなってきた

こんな感じは、何年ぶりだろう


「楽しいね」

ラウンドブザーが鳴り、ハアハアいいながら、私が言うとセルジュは口角を上げてみせた

笑ったのかもしれない

笑ったのだろう

私も、つられてわらってしまった

なんだか夢の中にいるような、時間だった

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