第4話 赤字の男
仕事の帰りに、セルジュのジムへ寄るのが日課になった
寄るといっても、ガラス窓の外から見ているだけだ
夕方6時、行くといつもあいつはいた
どうして見るいる気になったのだろう
なんとなく、それはわかっていた
あいつは殺したいやつがいると言った
私にもいる
あいつは本当に殺そうと思っているんだろうな
薄暗い目の光を見て、本気なのだろうと思った
けれど、練習を見ていると、とても誰かを殺せそうになかった
それよりも練習のしすぎなのか、先にあいつが死にそうだった
才能はあるのだろう、けれど傍から見てもフラフラで、集中しきれていないと思う時がよくあった
そのうちに、トレーナーたちと顔見知りになって中へ入れてもらうようになった
その頃にはセルジュとも、なんとなく挨拶や軽い会話をするようになっていた
ベンチでバンデージを巻くセルジュの隣に座り、話しかける
「あんた、また仕事をやめたんだって」その話はトレーナーに聞いていた
「クビになったんだ、引っ越しの荷物を落として、壊してしまってね」
日雇い同然の肉体労働を点々としているようだが、あまり筋肉がついた様子もなかった
「ちゃんと食べてるのかい」
「…食べれないんだ、吐いてしまって」
トレーナーたちからは、オーバーワークだとも聞いていた
ミット打ちが続いていたが、セルジュはいつもにも増して、前のめりにパンチを出している
うまく力が入れられないのか、気合いをいれているつもりなのか、「うああ!」と声を出して叫んでいるようだ
ついにトレーナーに頭をはたかれた
「今日はやめだ」
トレーナーはそう言い、リングを出てゆく
振り向いて、セルジュに言った
「お前、誰かに見せようとしているみたいだな」
コーナーポストにしゃがみこんで、別のトレーナーに「邪魔だ」と言われ、リングの外にゆらゆらと出てゆく
しかし、ブザーが鳴ると、もうグローブも上がらないのに、サンドバッグを打ち続けている
横にトレーナーが立って話しかけてきた
「自分を痛めつけているみたいだ。早くプロになりたいみたいだが、力量はあっても、ああいうのは危ない」
「プロになれないんですか?」
「戦うたびに、壊れにいくようなタイプだ。それにあいつは知り合いもいないようで、チケットを売れないだろう。あれは続かないよ」
トレーナーもセルジュをもてあましているようだった
長い練習が終わると、セルジュは私と出会った時のように、ジムの横の階段に座ってへばっていた
「あんた、プロになれないってよ」
「…」あいつも薄々気づいてようだった
「ジムを変えてやるよ、どこかに出してくれるジムはあるはずだ」
「チケットが売れないから、赤字になるってさ。それに仕事も続かない。どうやって暮らしていくんだい?」
「俺は強くならなくちゃいけないんだ」
「殺したいんだね」
「そうだ」
「誰を」
「…。王者になれば…王者になるほど強くなれれば、人を殺すことが出来る。俺は殺したいんだ、この手でな。あいつが俺を奪った、同じこの腕でな」
私は、家に帰るといつも怯える、あの男の姿を思い出す
こいつは、バカみたいだけど、本当に殺そうとしているんだな
ふと口をついて出ていた
「私がスポンサーになってやるよ、それなら、そこからジムにファイトマネーの一部が渡せる」
自分でも思いがけなかったが、ずっとどこか考えていたことのようでもあった
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