第3話 痩せ犬
今日も帰ったら、あのクソ父と顔を合わせなければならない。
同じ空間にいるのも耐え難い。
憎しみと、自分への自己嫌悪と、そして刷り込まれた怯え。
同じ空気を吸いたくない。
最近は、私が出戻って以来は、部屋に来ることも少なくなってきたけれど…。
もう一度、家を出たい。
今度は男に頼りたくもない。
またオーバードーズして、連れ戻されることだけは、避けなけばならない。
無茶なクラブ勤めはしばらく出来ない。
それでも今は、少しづつお金を貯めて…。
吐き気がする。
そもそもあの家から離れた所で、本当にあの父の影から逃れることが出来るのだろうか。
この身体に染み付いた…
…あれはなんだ?
捨て犬か?
まさか、人間だ。
17歳くらいの男、金髪で、汚い服を着ている。
ジャンキーだろうか。
螺旋階段の下に、座り込んでいて、今にも倒れ込みそうだ。
絶対ジャンキーじゃん。
通り過ぎると、息が荒く、すごい汗をかいているのがわかった。
めんどくせえ。
ただでさえ男は苦手だ、怖い、関わりたくもない。
ドン!ドン!と重低音がする。
ふと見ると、小さなボクシングジムで、サンドバッグを殴りつけているようだ。
螺旋階段はそのビルのもののようで、こいつはどうやらここの練習生か?
ジムに入って誰かに伝えてもいいが、男しかいない、怖すぎる。
ふと見ると、完全に道に転げ落ちているようだ。
あああめんどくせえええ。
「これ飲みなよ」
さっき家で過食を流し込む用に買ってきた、軟水のペットボトルをおそるおそる置く。
まだ冷たいし、熱中症だとしたら、少しは効くだろう。
そいつは、弱々しく手を伸ばすと、いきなり驚くような速さでつかみ取り、アッと言うまに飲み干した。
「助かった、ありがとう」絞り出すような声でそう言うが、それでもまた体調が悪そうで、今度はガタガタ震えだした。
仕方ない「誰か呼ぶ?あんたやばいよ」そう声をかけるが、ぽつりと「いやいいんだ、迷惑をかけたくない」とうつむいたままで言う。
「あんた、練習生なの?」
「そうだ、今練習が終わったばかりだ」
「やせ衰えて、試合にでも出るのかい?」
「まだ入って3か月だ」
腹が鳴っている。
過食用に買ってきたヨーグルトやチーズ、パンを渡すと、食べるに従い、次第に震えも汗も止まってきた。
どうやら、腹も空きすぎていたようだ。
しゃがみこみながら話を聞くと、3か月前に家を飛び出して、部屋を借りると同時にボクシングジムに入会したらしい。
今は病院の掃除夫をしながら暮らしているというが、体力が追い付かず、あまり働けないという。
それでこのザマらしい。
「ボクシングジムに入って、稼ぎたいのかい?強くなりたいのかい?」弱々しく、ケンカなんてしてきてないように見える。
「…殺したいんだ…いや…、何でもないんだ」
それが、私とセルジュとの出会いだった。
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