第10話 現国王との謁見

王都の門をくぐった瞬間、空気が変わった。


高くそびえる城壁、白と青を基調とした街並み、整然と敷き詰められた石畳。

道端では商人たちの威勢のいい声が飛び交い、魔導船が空をゆっくりと横切っていく。

通りには笑う親子、忙しそうに走る若い兵士、そして——その誰もが、この国の日常を生きていた。


「やっぱりこの景色を見ると、帰ってきたなって感じます」


馬車の中で、セレスがそう呟いた。

窓の外に目を向けるその横顔には、少しだけ安堵の色が浮かんでいた。


「綺麗な街だな」

俺はそう言って、外の光景を眺める。

——この場所もまた、戦火に巻き込まれるのかもしれない。


「……でも、その穏やかさも長くは続かないかもしれません」

「魔神の影、か」

「ええ。だからこそ——」


セレスが言いかけて、俺の方を見た。

何かを言いたげなその瞳が、一瞬だけ揺れた。


馬車はそのまま王城の前に到着した。

壮麗な門がゆっくりと開き、騎士たちが整列して俺たちを出迎える。


「セレス殿下、お帰りなさいませ。こちらへ。陛下がご謁見を望んでおられます」


重厚な廊下を進む。壁には歴代の王の肖像画、床には赤い絨毯が敷き詰められていた。

誰もが背筋を伸ばし、俺たちに敬意のこもった視線を送る。


(……場違いにも程があるな)


そう思いながらも、俺は歩調を崩さずに玉座の間へ足を進めた。


* * *


王座に座っていたのは、年の頃は五十手前といったところか。

金と黒を基調とした礼装に身を包み、その目には威厳と理性が宿っている。


「……ほう、貴殿が“リョウマ”か」


王、アレス・フォン・アルフォード。

この国の最高権力者が、まっすぐ俺を見据えていた。


「娘を救ってくれたと聞いている。心から礼を言おう」

「……礼には及びません。あの場にいたのが、たまたま俺だっただけです」


俺がそう返すと、王は薄く口角を上げた。


「謙遜も過ぎれば傲慢となる。だがまあ……そういう男か」


王の言葉には、どこか試すような響きがあった。


「……単刀直入に言おう。お前の力を、この王国に貸してはもらえぬか。

 娘セレスの直属の騎士として、彼女を、そしてこの国を守ってほしい」


(……来たか)


一瞬、場が静まった。


騎士——つまり、正式にこの国と関わるということ。

俺はそういう立場で動くのが苦手だ。自由が利かないし、命令系統に組み込まれるのは性に合わない。

だが——


(逆に言えば、“セレスの騎士”という肩書きがあれば、この国の中である程度自由に動けるってことだ)


行動の幅が広がる。

正直、本命の魔神を叩きにいってもいいのだが、いかせん相手の能力が未知数なこともあり迂闊に乗り込むことができない。

しかも、城内で動いている勇者や賢者、前線で戦っている“キーマン”たちに会う機会も増えるだろう。


(情報も引き出せるし、魔神に関する内部の事情にも踏み込める……悪くない)


「俺は、そういう肩書きで動く柄じゃないんだがな……」


そう言いながら、ちらりと横を見る。

セレスが、まっすぐな視線でこちらを見つめていた。

その瞳には、揺るぎない覚悟と、少しだけ期待の色が宿っている。


(……はぁ。やれやれだ)


俺はため息をつき、王へ向き直った。


「……わかった。俺で良ければ引き受けよう。」


「っ……!」

 横で小さく息を呑む気配がした。


 王は静かに頷き、玉座から立ち上がった。


「その返答、ありがたく受け取ろう。リョウマよ。お前にこの国の未来の一端を託す。……よろしく頼む」


 そう言って手を差し出してきた王に、俺も手を伸ばす。


「……こちらこそ、よろしくお願いします」


謁見が終わり、玉座の間を出た俺に、セレスがすっと隣に並ぶ。


「ありがとうございます、本当に……リョウマ様が引き受けてくださって、嬉しいです」


その声は、いつもより少し小さくて、少しだけ熱がこもっていた。

彼女はほんのりと頬を染めて、でもまっすぐな目で俺を見ている。


まったく——


(思ってたより、悪くないかもな。立場ってやつも)


そう思いながら、俺は口元をわずかにほころばせた。

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神々より強き者、異世界に降り立つ 春山 @abcd2812

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