第3話 知らないこと
須藤刑事は几帳面な人だった。週に一回、駅近くの喫茶店で会い、情報を共有した。彼は独自に聞き込みを続け、私は学校内で探りを入れた。
調べていくうちに、私の知らないすみれの姿が次々と浮かび上がってきた。
「川村さん、三年の朝野先輩と付き合ってたらしいよ」
バスケ部の後輩、一年生の美咲が何気なく教えてくれた。部室で着替えている時のことだった。
「え? 朝野先輩?」
「うん。今年に入ってすみれが告白したって誰かから聞いた。でもさ、朝野先輩も受験生なのによく受けたよね。あー、わたしもカレシ欲しっ」
朝野先輩といえば学年トップの成績で、爽やかで誰からも好かれる優等生だ。噂によると東大を受験するとかどうとか。
私は言葉を失った。すみれが誰かと付き合っていたなんて。しかも朝野先輩と。
親友だと思っていたのに。なぜ教えてくれなかったのだろう?
翌週、須藤刑事に面会すると、彼もすでにその情報を掴んでいた。
「朝野秀示くん。成績優秀で、東京の名門大学へ受験するそうですね。警察としても関係者として彼を聴取したのですが、事件に繋がるものは出てきませんでした」
「そうですか……でも、何か隠してる気がします。今度は私が聞いてきます。色々気になることもありますから」
警察からは動けない。私は直接朝野先輩を訪ねることにした。図書室で勉強している先輩に挨拶すると、爽やかな声で「なんでしょう」と答えた。
「勉強中、すいません。2年の中島という者です。川村すみれさんの事ご存じですよね」
私を見て先輩は、一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「彼女のことで、なにか?」
「なにかって、先輩はすみれと交際してたと――」
「もちろん悲しいよ。突然のことで、今でも信じられないし、信じたくない」
朝野先輩の声は落ち着いていた。まるでニュースキャスターのように、澄み切っている。
「すいません。取り乱しました。先輩は彼女と交際していたそうですね」
「ええ。優しくて、明るい子でした」
「最近の彼女の様子はどうでしたか?」
「特に変わったところはなかったと思います。ただ、進路のことで少し悩んでいたようでした」
質問に対して、朝野先輩は完璧に答えていく。淀みなく、整理された言葉で。でも、その整然さが逆に不自然だった。
「彼女が亡くなった夜、どこにいましたか?」
「自宅で勉強していました。両親も証言してくれます。それに、その日は彼女と会う約束もしていませんでしたから」
完璧すぎるアリバイ。完璧すぎる受け答え。準備していたかのような、整った説明。
「そうですか。ご協力ありがとうございました」
図書室を出た後、私はちょっとした確信を持った。
朝野先輩は、絶対に何か隠してる。一方で理論の破綻が全くない。まるで最初から作られた計画書のようだ。
でも、証拠がない。疑念だけでは何も進まない。
それから翌週、私は独自に調べ始めた。すみれの行動を追うため、彼女の通学路を歩き、よく行っていた場所を訪れた。それでも事件の手掛かりになるものは見つからなかった。
「やっぱり、ここまでか……」と諦めかけたとき、須藤刑事が特別に重要なことを教えてくれた。
「捜査情報を外に出すのはいけない事なんだが、独り言だと思って聞いて欲しい。川村すみれは隣町の産婦人科で中絶手術を受けている。事故があった少し前まで妊娠していたんだ」
「妊娠……ってことは相手は」
「恐らく交際していた朝野くんだろう。だから重要人物としてマークしていたが、物証がないから他殺の線は消えてしまった。物が出てくれば話は変わって来るんだけど」
「ブツ。証拠があれば、いいんですよね。私探してきます。きっとあるはずです」
私は走った。何の手掛かりもないけど走った。そうしないと、「親友」だと思っていた自分があまりにも不甲斐ないからだった。
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