第3話 息子と渡辺さん

 今年の8月に、僕は新潟県に帰省した。 現在、別々の場所に住む息子が「俺(れい)の実家に遊びに来る」と親父から聞いたからだった。

 息子と微妙な関係になっている僕は息子と久しぶりに再会した。

 息子は成長していた。俺よりも大人にさえ思える子供である。

 ちょうど車で乗り合わせて温泉に行った帰りに渡辺さんの家を通りかかった。免許をとりたての息子が運転していた。

 「車とめて!」

 「なんで?」

 「渡辺さんとこに挨拶しよ。居たらだけどな」

 「渡辺さんは、僕を知らないよ」

 「けいを知っているか知っていないかは、問題じゃないの。俺の息子、お母さんの孫だからな。喜ぶよ。止めて」

  キィーッ、ガツッ

 ブレーキとフッドブレーキが響く。


 渡辺さんの玄関は、あの遥か遠い記憶の中と今も全く変わらずに、そこに存在していた。

 ガラガラガラガラガラガラ

 「ごめんくださ〜い」 

 

 奥からバタバタと廊下を歩く音がした。

 「あらあ、まあまあ、れいちゃんかね?まあ、立派になられて。お盆で帰りんさったんかね」

 「はい」

 「あらあ。。。えっと。。。」

 「あ、うちの一人息子のけいです」

 「まあまあ、そんなに大きいお子さんおりなったんかね!前に小さい時にお会いしとりましたかねえ」

 「けいです。いつも、お世話になっています」

 「まあ、立派に挨拶して、まあしっかりとされた息子さんだわあ、おばさん、もうおばあちゃんだわねえ、ビックリだわあ」


 「うちの母もうボケちゃったけど、宜しくおねがいします」


 「お母さんもねえ、心配だけどねえ、はいはい。私ももう年寄りだもんねえ。いつ死ぬかわからんもんねえ」


 「いやー渡辺さん、全然かわらないですよ。僕が小学生の時に卵を買いに来たときと変わらないです」


 「まあまあ、れいちゃんはお世辞がうまいんねえ、そういえば、あんな小さい時ねえ、昨日のことみたいに覚えているわ、れいちゃんはいつもお母さんのお遣いきなさったねえ」


 

 一一それから三ヶ月後の11月末に母から電話で、話された。


 「渡辺さん亡くなったんよ!クモ膜下出血だって。倒れて直ぐに亡くなって。お母さん入院しとったからお葬式いけんかったわ、お父さんが代わりに行ったわね」


 「え!この間会ったばかりだよ」

 僕は驚愕した。そして、思い出した。あの3ヶ月前、どうしても渡辺さんに会いたい衝動に僕は駆られたんだ。虫の知らせだったのかな…。



 一一またひとり、僕の育った場所の親しい人がお亡くなりになられたのである。


 僕の思い出の中に深く刻まれたあの日、黙々と養鶏場で作業していた渡辺さん、いつも僕に、男前になったとか、立派になったとか、何かと褒めてくれた渡辺さん、僕は決して、あなたの優しい笑顔を忘れないでしょう。

 

 お世話になりました。僕は泣いてお別れをします。あなたを想って今日泣くでしょう。そして、僕の出来ること、あなたの命を繋ぐ小説を綴るのです。


 人生とは、人から優しさを貰い、その優しさを自分なりの形で返していく営みである。



 黙祷







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