第2話 卵くださ〜い
「ごめんくださ〜い」
「ごめんくださ〜い」
「ごめんくださいいい!!!」
連呼するたびに語気が強まる。
誰も居ない真っ暗な玄関である。家の中から灯りが漏れていたが、返事はなかった。何か魚の焼いたような匂いが漂ってきた。古い田舎の家屋らしい、生活感が滲む玄関先だった。
いない、僕は諦めると渡辺さんの自宅から程なく離れた鶏舎に向かった。
トボトボあるく。卵はスーパーで買えばいいのに。
「なんで渡辺さんとこの卵じゃないとだめなの?」
「渡辺さんとこは有精卵なの」
「ふ〜ん。温めたらひよこになるのかな?」
「なるんかねえ。とにかく身体に良いんだわね。あの卵は倍くらいするだからね」
「安い卵でいいけど」
「ばか。私が買わないとね、渡辺さんとこも大変だわね、良いものを作るんは大変なんだわね」
母との会話を思い出した。
鶏舎にいく。トボトボと歩く。あたりは真っ暗闇になっていた。
鶏舎の扉が開いていて、そこから灯りの筋が伸びていた。光の溢れるところをめがけて入っていく。
「カッカッカッ、コケッ、バタタ、バサバサッ、コケッ、コケッ」
鶏が一列に並んで居た。くちばしで、餌をつついたり、羽をばたつかせ、時に叫ぶ。鶏の匂いがした。臭くはない。ペットショップに入ったときもこんな匂いの気がする。
「あらああ?木村さんとこのれいちゃんかねえ。まあ、まあ」
「た、卵、卵くださ〜い」
「ごめんねえ。おばさん、うちのほうにおらんかったのに、よくみつけてくんなってねえー」
「前にも来たことあるから。こんなに暗くなるまで仕事なんだね」
「ははは、れいちゃんは、何年生になったの?」
「2年生」
「まあ立派になられておばさんビックリしたわ。こんな小さいときから、れいちゃん見てるからねえ。お母さんも喜んでおられるわあ。お遣い偉いわねえ」
「はあ」
僕はお金と、持ち帰る時に入れる籠を渡辺さんに差し出した。
「はい、はい、お母さんからきいとりました。入れるからちょっと待ちない」
僕は卵を2パック分入れてもらう。渡辺さんは、ビニールパックでなく、新聞紙で器用に卵を包んでくれた。
僕は卵を紙で包む方法をこのとき見て覚えた。しかし、卵を紙で包む機会はその後の人生で余りなかった。
「暗いから、気をつけてねえ」
「はい!」
僕は、暗い道を歩き始めた。持ってきていた懐中電灯で前を照らしてみた。当たりは街灯がない。懐中電灯の光は真っ直ぐとその先を一直線の光のビームで照らした。
あれから、何度となく、僕は同じように卵を買うお遣いをした。
お釣りは貰ったり貰わなかったりだったが、僕は直ぐにそのお駄賃をプラモデルか、お菓子に変えた。
貰ったお金は直ぐに使ってしまう子供だった。
外に出ると寒々しく暗い空は、曇っていて、星は見えなかった。でも温かな渡辺さんの笑顔が思い出され、明るい声が僕の頭の中に響いていて、何か温かな気持ちに包まれていた。
僕は、残雪を踏みしめて歩いた。
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