六章 サバストと王 第六話

「なりませぬ!」


 彼は強く反言した。


「ここで引いては、領土も兵の命も失い、何も得られず終わる事になります!」


それだけは認められなかった。あの才能に溢れた美しい息子が惨敗を喫した愚将として名を残す事など――。


「……諦めよ、サバスト。お前の気持ちは分かる」


――何が、何がわかるものか!


「お前の息子は実に有望な若者だった。しかし、州軍は既に指揮官も、その中枢部隊も失っておる。こちらには竜もいない。停戦条約を呑むしかあるまい」


そう言った王はサバストの目を見ようとはしなかった。


 サバストはラミドア平原における州軍の敗退と、氷竜出現の報を受け、王都に急行してきていた。また、それと時を置かず、氷竜国より停戦条約が提案された。条件はラミドア平原一帯の所有権と金銭であった。領土の割譲は痛いが、賠償金は法外な額ではない。泥沼化する前に、適当なところで手を打とう、そのような提案に見えた。


既に州軍を指揮すべき辺境伯は死に、中核となる将兵達を失った州軍にこれを立て直す術はない。王は停戦に合意しようとしていた。


 「……私めに一軍をお貸しください」


 サバストは玉座の王に深々と頭を下げて言った。


「必ずや戦線を押し戻し、有利な条件で停戦ができるよう、一矢を報いてまいります」


王は首を振り、答えた。


「ならぬ」


にべもなかった。


「いかにお前でも借り物の軍で戦果を望む事などかなわぬ。受け容れよ」


 ブラスカは賢明な王であった。幼少より王を知るサバストは、この王が剛毅果断の人であり、感情に流されず、常に理性を失わぬ賢君である事をよく知っていた。だからこそ、旧来の貴族達の反発を知りながらも、国に必要な政策を押し通すこの王をサバストは支持し、支えてきた。


 それでもこの決断だけは受け容れる事ができなかった。


「陛下! 我が息子の汚名、父たる私が晴らさずにどうおれましょう! お考え直しを! どうか! どうか!」


 叫ぶように懇願したサバストを王は悲し気な目で見て、言った。


「……すまぬ、サバストよ」

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