六章 サバストと王 第五話
そんなブラスカの治世末期、ある戦で灼竜国は竜を失うことになる。ブラスカの王位継承とほぼ同時期に生まれたその竜は、長年、国を護り続けたが、ある戦で自らの主と共に戦場で倒れた。竜は死ねば、殯に付される。殯の後、腹から出てきた竜卵は王宮に運ばれ、卵が次の主に下されるまで特別な宮に安置される。
次の竜は今か今かと国中が待っていたが、なかなか次竜が生まれてこない。大抵は、数年内に次の竜が生まれてくるが、三年たっても、四年たっても気配はない。そうしているうちに、国は次第に戎気の影に覆われていった。畑の実りは年々悪く、魔獣は闊歩し、犯罪が蔓延る。実入りの減った貴族達と自由民たちの摩擦もひどくなり、国土は目に見えて荒廃していった。
そんな中、サバストのひとり息子であるナフシスは一人前の騎士として成長していた。備えていた天賦の才は今や大輪の花を咲かせ、二十歳を過ぎる頃には一軍を率いて戦に出るまでになっていた。竜がいないと見て攻めてくる敵軍、魔族を追い返し、戦に出るたびに新たな勲章が増えてゆく。若年の騎士達の中でも目覚ましい功績を挙げており、「ナフシスが次の竜の主に選ばれるのでは?」という噂が流れ始めていた。
サバストにとっては自分の息子である。そういった声などまるで聞こえていないかのように振る舞ってはいたが、内心では彼もそのように思う時があった。シュロー家は武官の筆頭として、代々この国に仕えてきた家系である。当然、多くの将や騎士を配下に抱え、サバストも数々の戦を経験した。そのサバストをもってしても、ナフシスの才能には舌をまくほどであった。
もちろん、それは息子を愛する親心が混じっていたのだと言われれば、否定は難しい。しかし、サバストも次第に、次竜が選ぶのはナフシスになるだろう、と真剣に考えるようになっていた。
ナフシスが次竜の主として選ばれるのならば、光栄な事である。文官ならば、戦を嫌う者もあろうが、シュロー家は国を守る事を使命としてきた武門。誇らしく思えど、嫌がるわけもない。
しかし、問題は時期である。ナフシスが頭角を現し始めた時、既に前竜を失って八年が経とうとしていた。国は戎気に覆われ、竜の不在を好機と魔族共が攻めてくる。貧しさゆえに犯罪は増え、ひもじさに耐えかねて我が子を殺す者もいる。
竜の必要は切迫していた。税で食っている貴族達の中には、見て見ぬふりをする者も、仕方がないと諦観する者も、国の窮状になどまるで興味を示さない間抜けもいたが、サバストはそのどれになる事も出来なかった。
城や屋敷では決して見かける事はない。しかし、戦の生き帰りの山道では時折見かけるものがある。首を吊った死体である。一人で、あるいは子供と共に生を閉じた者達を見かけるたび、国が弱っていく事をひしひしと感じた。その死体が年々増えていく事に気づかないではいられなかった。
竜は資格ある者を主と定め、生まれてくるという。誰を選ぶのか、どう選ぶのかは竜にしか分からない。しかし、竜は才ある者を好む。ナフシスが真に資格持つ者であるのなら、一日も早く選ばれなければならない。
サバストは決断した。ナフシスに代を譲り、自らはそれを助けよう。竜の誕生がそれで一日でも早まるのなら、その分、死ぬ者も少なくなる――サバストはそう考えたのだ。
サバストの引退は多数の反対を受けつつも、それらを押し切って彼は息子に代を譲った。以降、彼はその相談役としてナフシスを補佐することになる。
ナフシスは賢く、武の才能もあった。しかし、まだまだ経験が足りぬのは、譲った自分がよく承知している。幼い頃から誉めそやされて育った者は、往々にしてその才能を鼻にかけてしまう。また、若ければ、配下に侮られることも多い。ついかっとなってしまうこともある。
側近には自分の代からの腹心をつけ、戦場においても、内政においても、経験を積ませる事を主眼において接した。
「忍耐を覚えよ」
事あるごとに、サバストはナフシスにそう言って聞かせ、同時に将来、ナフシスを補佐できる人材を探し、育てる事にも注力した。
そして、サバストが代を譲って、三年が経った秋、氷竜国との戦が勃発し――彼は息子を失った。
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