六章 サバストと王 第四話

灼竜国前王ブラスカは革新を望んだ王であった。灼竜国はその寒冷な気候からか、頑固な人間が多いと言われる。忍耐強く、頑固で、保守的――特に、温暖な国から来た人間などは決まってそう言う。人間がそうなのだから、国風も全体に保守的になる。伝統を重んじ、革新を嫌う。どちらがいい悪いではない。残しておくべき伝統もあれば、革めた方がいい悪習もあるのが国というものである。そして、国民性とは反対にブラスカは革める事に力を入れた王であった。


灼竜国は他の大半の国々と同様に王と貴族が支配する国である。数百年の昔、帝国が分裂した時、皇帝の遺児たちが各地で国を興し、王となった。それには理由がある。


皇帝の血筋には力がある。竜の血脈を繋ぐ力である。竜に雌雄はなく、竜はつがいを作らない。竜は死ぬ時にただ一卵を遺すのみである。卵は王のそばになくては生まれることなく石へと変わる。


そして、卵が自らの主を定めた時、王は配下に卵を賜し、はじめて次竜が生まれるのである。竜は戎気から国土を守り、魔族から民を守り、逆賊から玉座を守る。竜は国の基である。竜の血脈を繋ぐために王が玉座に座り、王のために戦った者達が初めの貴族となった。


貴族の持つ力は国によって違いがあるが、灼竜国は特に貴族主義が強い国である。国の大半を占めるのは農奴であり、それらを貴族が支配する。自由民もいる事はいるが、他国に比して数が少ない。自然、国の収入の大半は農業から得るものとなり、他の産業による収入は少ない。


王ブラスカが革めようとしたのは、これであった。灼竜国は元々、農業に不向きな土地である。寒冷地帯にあり、さらに国内には山が多く、他国に比べて耕作地が狭い。寒冷地だからこそ穫れる作物もあるが、さほどの量が取れるわけでもない。そういった国情から、ブラスカは商業、工業を伸ばす事が国益に繋がると考え、それらに秀でた他国の技術者を招聘して、国内の事業を育てていくという方針を採った。


賢君であった――と後の歴史家ならば言うだろう。あるいは、明君であった――とも言うかもしれない。サバストに言わせれば、そのどちらも正しく、どちらも間違いであった。


土地の事情を鑑み、それに適した産業を伸ばす。もちろん、理に適っている。そういった点で、ブラスカはまさに賢君であった。


事実、ブラスカの産業政策は上手くいっていた。ブラスカは他国から優れた職人や知識人を招き、指導に当たらせた。各地の商業、工業は順調に成長し、それらを営む商人や職人の経済事情は格段に良くなっていった。自由都市には人が増え、各地の自由民の自治組合は発言権を増していった。これらはまぎれもなく王ブラスカの功績である。


しかし、それは同時に国内に対立を生んだ。人の営みとは、理によってのみ回っているわけではない。むしろ、多くは感情や慣習、惰性やしがらみといった、合理性とは無縁の原理で動いているものだ。政は、一方を立てれば、他方は立たぬ。賢君ブラスカは理を重んじるあまり、それを忘れてしまうようなところがあった。


羽振りの良くなった自由民と対立したのは旧来の貴族達であった。貴族達の主たる収入源は農奴を使役して得る農業収入である。各地の商工業が伸びるにつれて、貴族達の荘園からは脱走者が増えていった。商工業が発展するにつれ、自由都市は人手を求めた。これを聞いた農奴達は荘園を脱走し、自由民の都市で職を得る。ただ搾取されるのではなく、自立しようと考える農奴が現れたのである。


これは貴族達にとっては由々しき問題であった。労働力が不足すれば、収入は減る。そればかりか、まだ残っている農奴たちの負担が増す事で、ますます農奴たちが不満を抱き、いっそう脱走者が増える。そもそも、敵軍の侵略を許さず、魔物を駆除し、賊を処罰するのは貴族である。家の中で震えるだけの農奴どもを自分達が守っているからこそ、統治権を与えられているのであって、農奴に逃げ出す自由などない。そもそも、自由民などという半端な者達を王が目に掛けるから、民がつけあがるのだ――貴族達の中でも、特に荘園収入にのみ頼る貴族達はブラスカの政策に不満を持った。


 さらに悪い事に、脱走者を受け容れて、拡大していく自由都市では、商人の増長が目立つようになり、反貴族主義が蔓延した。貴族よりも金を持つ大商人が公然と貴族批判を繰り返すようになったのだ。


逃げ出した元農奴の中には貴族に恨みを持っている者も多く、商工業の発展と共に急速に発言権を増した各地の自由民組合は事あるごとに貴族達に反発するようになり、国内の対立は深まっていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る