四章 ラハタとセティヌ 第二話
この頃、王都では王が崩御し、王弟派と王女派に分かれて内乱が続いていた。いや、続いていたらしい――というのが正確なところであろう。ラジテ村のような僻地に届くのは、所詮は噂であり、真相はよく分からない事が多い。
結局、内乱の後、王弟が新王に即位し、新王は体制刷新と銘打って即位と同時に勅命を出した。各地で領地替えや新体制への移行が行われ、ここラジテ村にも新領主としてセティヌがやってきた。
そのしばらく後に、税制の改革が通達され、村は再びざわめき立ったが、セティヌは税を上げぬと村人たちに言った。その言葉で村は落ち着いたが、ケヤクにはそんな村人たちの態度が信じられなかった。サーシェの家族が殺され、サーシェが攫われたのをつい半年ばかり前に見ていたではないか、貴族の言う事など信じられるはずもない。
赴任してきたばかりの土地で人気取りをしているだけかもしれないし、そもそも伯爵とはいえ、僻地の一領主でしかない。この州を支配する州伯から圧力がかかれば、結局、上げざるを得なくなるだろう。
食糧は値上がり、今ですら厳しいのに、これ以上、税が上がれば、いよいよままならなくなってくる。かといって、よその手伝いだけでは実入りも望めぬ。自分の畑を貸してもらえれば楽にはなるが、どこの村でも畑が貸し与えられるのは、十六歳になった男子のみである。あと五年も待たねば、畑を与えられることはない。
あれこれ考えた末に、ケヤクが思いついたのは、狩りに出る事であった。村人の中には農閑期に狩りをして生計を立てている者もいる。ラジテ村は山間地にあり、森には困らない。村には、狩りに出るのは十五になってから――という暗黙の了解があったが、法として決まっているわけではない。兎などの小物なら、税はかからないし、肉も手に入る。よその家もどうなるか分からないのだ。このまま他家の手伝いをするよりはいい――
それに当時のケヤクは、他の村人と話す気にはなれなかったのもあった。貴族に奪われ、殺され、それでも貴族に逆らえない卑屈な村人達に絶望していた。サーシェが攫われた時、彼らは何もしなかった。サーシェの父母が斬られた時も目を逸らして震えるだけで動かなかった。そんな人間達と共に働こうなどとは思えなかった。
母はケヤクのそんな気持ちを知ってか知らずか――まだ十一歳のケヤクの好きなようにさせてくれた。
ケヤクは手製の弓を持って山に入るようになったものの、初めは上手くいかなかった。ラジテ村は山脈に囲まれた村であり、狩りをするには十分な森があったが、獣の足取りを掴む知恵がケヤクにはなかった。しかし、これ以外に食糧を得る道もない。毎日、貴族の愚痴を言いながら、貴族の為に畑を耕し続ける腐った村人たちと一緒に働くなど、あり得ない。
諦めず森に通い、一日を無駄にして獣の痕跡を探す。ケヤクが狙っていたのは野兎だった。鳥が地上にいる事は少ない。腕利きの猟師ともなれば、飛んでいる鳥も射落とせようが、ケヤクの弓では運よく地上で出くわした時以外に狩る事はできないだろう。しかし、兎ならば足跡を辿る事ができる。
そう考えたケヤクだったが、事は思惑通りには運ばなかった。山の中で兎らしき足跡を見つけても、追っているうちにどういうわけか途中で足跡が途絶えてしまうのだ。何度かそういった事を繰り返すうちに、ケヤクはようやく理解した。兎は足跡を消す技を持っているのだ。
正確には消すわけではない。兎は自ら付けた足跡を辿るように後退し、途中で離れた茂みなどに飛ぶ事で、あたかも足跡が途絶えたかのように見せかける習性がある。これが「止め足」と呼ばれる技術だという事をケヤクは後に知る事になる。
この時のケヤクは、止め足という呼び名こそ知らなかったが、おそらくそういった方法で兎が痕跡を消しているのだという事に、ケヤクは勘付いた。そして、追跡している足跡が途絶えた時、注意深く戻りながら、兎が飛び込みそうな茂みなどがないかを探すようになった。
それを毎日繰り返し、森に入るようになってひと月が経とうかという頃、ケヤクは初めて獲物を仕留める事に成功した。小さな野兎だったが、その成果はケヤクが間違っていなかったことを示す証拠であり、根気強く追跡し続けた事を讃える勲章だった。
獲物が獲れるようになると、自信もついてくる。ケヤクはますます獣を追う事に夢中になり、少しずつ獲物の数も増えていった。
森に入る時間は日に日に長くなり、季節はいつの間にか秋になっていたが、時には夜を森で過ごす日もあった。ケヤクは村にいるよりも、森にいる方が好きになっている自分に気が付いた。
村にいても、サーシェはもういないのだ。それなのに、求めてもいない他の誰かとは顔を合わせる。そして、その誰かはケヤクを気遣うような目で見ながら、こう言うのだ。
「……仕方のない事だったんだ。ケヤク。力には誰も逆らえない。……そうだろう?」
そう言って、暗に、お前も忘れろ、と強いてくる。それはケヤクにとってたまらなく嫌な事だった。
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