魅了

「もう、いつまで笑ってるの三浦くん」

「ごめ……いや、だってさぁ……凄かったじゃん。芸能人並みって言うか」

入学式が終わった後、ホームルームで教室に戻る生徒達とは別に先生に呼び出された。何故か雪耶と共に。

相談室の中に小湊と雪耶、先生が四人。

風間先生と副担任の谷口先生、他の二人は伊武先生と能村先生というらしいが、同年代ぐらいだろう、仲が良さそうに見える。

「あの……どういう事っすか」

わざわざホームルームの時間に呼び出してまで、それも四人も先生が集まったのだから、緊急の用件なのだろうか。

しかし谷口先生のふわふわした雰囲気と、先程谷口先生に三浦くんと呼ばれた伊武先生の明るい態度からはそういった感じは見受けられなかった。

「雪耶、そいつと目、合わすなよ。常時発動型の魅了スキル持ちだ」

「……はぁ?」

風間先生が変な事を言うので、思わず聞き返してしまった。

それに今、名前で呼ばなかったか?

いや、まぁ別にいいんだけど。知り合いみたいだし。

「えっとね、みう……伊武先生と風間先生は鑑定スキルを持ってるんだけど、英ってインキュバスの中でも亜種って種族らしくて。通常種よりも潜在能力が高いんだよね。それでさっきの挨拶の時に覚醒してスキルが発動しちゃったみたいで」

なるほど。スキルを発動しようという意識はなくとも、ああいった緊張した場面や注目を浴びている時に魅了してしまうというのは理解できる。

インキュバスは魅了して眷属を増やすから。

「あ……ひょっとしてさっきの?」

雪耶が今気付いたとばかりに小さく声をあげる。

「あれがおかしいってわからない時点で、魅了されてたって事だよ。普通男女問わず、人それぞれ好みもあるのに初対面であんな事にならないよ」

谷口先生にそこまで言われて、漸く気付いたようだ。

小湊も先程まで、式典なんだからあまり騒がないで欲しいとは思っただけで、魅了していた事に気付かなかった。

「あの……すいませ」

「謝らないでね?英が悪い訳じゃないから」

小湊の言葉を遮って谷口先生がまるで小さい子供にするように頭を撫でる。

頭を撫でられるなんて、いつ以来だろう。

記憶力には自信があるが、頭を撫でられるどころか、慈愛を持って触れられた覚えも無かった。

「ただ、日常生活に支障が出る可能性があるから、マスクか眼鏡か……出来れば認識阻害のアーティファクトがいいんだけど、持ってないよね?」

「眼鏡なら……あります」

俯いたまま制服の内ポケットから眼鏡ケースを取り出して眼鏡を掛ける。

度数は合っていないが、決して安物では無いので捨てるに捨てられなかったのだ。

「冬奈くん、認識阻害のアーティファクトっていくらぐらいするんすか?」

「これは三十万かな。まぁ後付けで加護を付与する事も出来るけど、多分英のレベルの魅了を完全に無効化するのはSランク以上の魔具師じゃないと無理だし、それだと何万もするかな」

風間先生が自分の眼鏡に触れながら机の上に紙を広げる。

「新島って先生の事下の名前で呼ぶんだね」

「え……あ……幼馴染なんです。駄目……ですか?」

駄目ですかって言われても、それは本人同士の問題ではないだろうか。

「いいだろ、別にどうでも。雪耶も、他人に言われてわざわざ呼び方変えたりしなくていいからな」

言っている事は間違いないのだろうが、なんとなく威圧感がある。

ふと伊武先生が椅子から立ち上がりスマホで何事か話して戻って来た。

「今ね、聖女様が治療してくれてるから、スキルの効果が切れるまでもうちょっとここで待っててね」

「えっ……聖女様が、ですか?」

聖女様は神託によって現れる、聖魔法を得意とし、慈愛に溢れ、あらゆる邪気を祓う神聖力を持つという、言わば世界最強の回復魔法の使い手だ。

「確か……八年前の大戦を終結に導いた英雄、ですよね。回復魔法のみならず攻撃系の魔法も使いこなすという」

その力は歴代の聖女の中でも明らかに最強のものらしい。

ただ、式典やパーティーなんかに顔を出す事は一切無く、不明な事が多いのだとか。

「来てるん……ですか?聖女様が」

「あはは、そんな大層なものじゃないよー」

伊武先生がからからと笑いながら先程風間先生が置いた紙に目を遣る。

「真昼くん、亜種ってこんなに最大魔力量多いもの?いくらなんでも多すぎない?」

その紙には小湊のステータスのような物が書かれていた。ステータスを見るには鑑定でもしなければ見られないと思うのだが、どうやったのだろう。

「多分だけど、英だからだと思う。先祖を辿ってくと王族らしいし」

何故知っているのだろう。王族だったのなんて何代も遡って漸く出てくるぐらい昔の話で、ちょっと戸籍を調べたぐらいじゃわからないと思うのだが。

「え……あの、大丈夫っすか?俺何か失礼な事言ったり……」

「王族なのは先祖で、俺は全然関係無いから。寧ろもうちょっと仲良くしてくれるとありがたいかな」

言いつつ、谷口先生にちらりと視線を向ける。

「あの……なんで知ってるんですか?」

「ん?生物学の研究者としては初歩中の初歩だよ」

あぁ……そういうもの、なのか?一瞬納得しかけたがあまり深く追求しても藪蛇になりそうだ。

それに生物学の勉強なら小湊だってちゃんとやっている。

そもそも、一生徒の先祖を態態調べたりするだろうか。

「そんなに疑ったりしないで。英、学校に提出する書類に緊急連絡先とか保護者の欄書かなかったでしょ。そういう子は学校側の規定で調べる事になってるんだけど、でも別に態態調べたとかじゃないよ。本当に偶々、知ってただけ」

本当の事しか言っていないのか、それともよっぽど嘘が上手いのか、谷口先生の表情からは悪意や蔑みのような物は一切感じ取れなかった。

何故、書かなかったのかという事も言及するつもりは無いようだ。

ふと、今までずっと窓に背を預けていた能村先生が体を起こした。

「雪、熊川先輩が結界解いていいって」

言われて、雪耶が小さく頷き、

「解きました」

と、すぐにそう言った。

というか、ずっと一緒にいていつ結界なんて張ったのだろう。

特別な動きをしたようにも思えなかったし。

「…………っ!」

あ、これ困らせてる。

小湊がずっと見ている事に気付いたのか、雪耶が手で顔を隠して縮こまってしまった。


「遅くなってごめんね。治まったかな?」

聖女様は、先生達の学生時代の先輩らしい。

そして、所謂聖女様のイメージとはかけ離れた方だった。

いや、穏やかな微笑みの似合う、綺麗な方ではある。

ただ、背が高く程よく筋肉質で、引き締まった体をしている。

歴代の聖女様の記述にも、男性の聖女様に関する記述は無かった。

「申し訳ありません。男性の方だとは思わず、驚いておりました」

「え、驚いてたの?そうは見えなかったけれど」

聖女様にはどうやらお見通しのようで、実際小湊は聖女様が男性である事に対して全く驚いていなかった。

例え聖女様本人が人前に出るのを嫌がったとしても、功績を挙げたのに聖教会がお披露目をしなかったのは何故か、考えればわかることだ。

「すいません。自分で能力を使用した意識が無いので治まったかはわからないのですが」

「待ってね、鑑定するから。……うん、大丈夫。治まってるね」

やはり早い。先生達や雪耶もそうだが、呪文の詠唱もしていないし、時間も掛かっていない。

以前テレビで鑑定を生業にしている人に芸能人が占ってもらっているのを見たが、一回一万円ぐらい取っていたし、時間も掛かっていた。

「体調はどう?勝手にとはいえ、能力使うと疲れるでしょ?」

「えっと……言われてみれば、頭が痛い気がします」

たまに痛む程度だが。

言われなければ気付かなかった。

「魔力大分消耗しちゃったからね。例えば攻撃魔法みたいに一度に大量の魔力を使用するのはすぐに疲れが来るけど、今みたいに継続して無意識に能力を使用した場合、緩やかに魔力が抜けていくから却って危ないんだよね。気付きにくいから」

言いつつ、聖女様が小湊の手のひらに手を翳す。

瞬間、目が眩む程の強い光が発せられ、温かな魔力が流れ込んできた。

「はい終わり。もしまた魔力が枯渇するような事があれば伊武君か雪耶君に言ってね」

言われて二人に目を向けると、了承したというように伊武先生が顔の前に小さくピースサインを掲げてみせた。

「えっと……俺っすか?」

対して雪耶は、困ったように視線をさ迷わせている。

「出来るでしょ?雪耶君回復魔法は適正ないけど、魔力の譲渡なら誰でも出来るから」

聖女様の言葉に、雪耶が俯き、膝の上の拳が小さく震えている。何だか少し可哀想だ。

「誰でも出来るなら、何で伊武先生と新島なんですか?」

「魔力って自然回復するものなんだけど、二人とも回復量も最大魔力量も人より多いから、こまめに放出しなきゃならないんだよね。捨てる魔力なら、必要としてる人にあげてもいいんじゃない?」

言ってる事は正しいのだろうが、間違っていないのだろうが、嫌がっているのなら無理をさせたくは無いな。

「雪耶の危惧ってさ、あれでしょ?放出し過ぎないかって事でしょ?」

伊武先生の言葉に、雪耶が小さく頷く。こまめに放出しなきゃならない程魔力が多いなら、確かにその危険性はあるだろう。

「じゃぁいきなり英君でやらないで俺か伊武君で練習しようか。なら大丈夫でしょ」

聖女様の提案はかなりの譲歩だと思うのだが、それでも雪耶の表情は晴れない。

いくら聖女様や伊武先生が強いとは言え、危害を加える可能性のある事をしたくないという事だろうか。

「や……やです」

やですだって、かわい……じゃなくて、今後のクエストや今回のようなハプニングで魔力が枯渇するような事態にならないとも限らない。

それに雪耶だって、放出出来なくて困る事は無いだろうか。

考えつつ、右手の指を擦り合わせる。

「一応聞くけど俺の事嫌いとかじゃないよね?」

「え、いや、違います!ただ、あの……ホントに……無理で……申し訳無くて」

それは本当に申し訳無さそうで、これ以上無理をさせたくないと思うには充分だった。

「無理しなくていいよ。大丈夫だから」

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