覇気
相談室を出ると、恰幅のいい男性が顔を真っ赤にして怒鳴り付けてきた。
確か、担任の大村先生だ。
他の先生方の印象が良かった分、余計に残念である。
「貴様等!!一体どう責任取るつもりだ!?これ程の事態を起こしておいてただで済むとは思っていないだろうな!」
頭に血が登っているのだろう。
先生達から教室に戻るように言われたのだが、飛び散る唾のせいで前に進めない。
「あの」
「黙ってろ、英」
風間先生に肩を引かれた瞬間、ぞわりとしたものが背中を走った。
恐怖や不快とは違う、怒りにも似た何か。
そうだ、波動だ。
圧倒的強者のみが放つ、気迫のようなもの。
小湊自身、実家や街中で強い人に会ったり見掛けたりした事はあったが、それとは全く比べ物にならなかった。
「お言葉ですが大村先生、インキュバスが人前に立つ際の危惧を説明したのにも関わらず、無理矢理却下したのは貴方では?そんな権限、ありもしないのに馬鹿みたいにぎゃあぎゃあ喚いて。恥というものが無いんですか?」
「ぐ……っ!高々十二歳のガキがこんな騒ぎを起こすと思わんだろうが!」
風間先生が後ろで騒ぎを遠巻きに見ている先生達に視線を向ける。
すると、一人が小さく首を振った。
「いえ、谷口先生からちゃんと説明がありましたよ。特に潜在能力の高い真面目で聡明な子ほど強い覚醒が起こるって」
「うるさい黙ってろ!」
なるほど、つまり何か対処法があったのを大村先生の独断で取り止めた、と。
それが何で『貴様等』になるのか意味がわからない。
責任を取るべきは小湊か、大村先生だろう。
「そもそも、この程度で済んだのは能村先生がすぐにマインドコントロールを行ったから。そして谷口先生が英自身に認識阻害の結界を張ったから。これを怠ったらどうなると思います?今頃あちこちで修羅場が起こってますよ。俺達はちゃんと対処してます」
「なら、騒ぎを起こしたそいつを退学にすべきだろう!」
「冗談にしても、笑えない。貴方何年教師やってるんです?ここは何の為の学校で、何を教える場ですか?確かに英の潜在能力は高い。だからこそ抑え込むのではなく、コントロール出来るよう教え、導くのが教師の役目でしょう」
大村先生が、悔しそうに歯軋りする。
大方、口喧嘩が苦手なのだろう。
というか、風間先生が強すぎる。こんな顔色一つ変えずにズバズバ言われたら心が折れそうだ。
「まぁ……無理でしょうねぇ、大村先生には。貴方教師向いてないですよ。辞表提出したら如何です?」
瞬間、激昂した大村先生の手のひらで水が渦を巻いた。
反射的に足を踏み出した瞬間、何かにぶつかった。
それは体温が奪われそうな程に冷たく、目を奪われる程に美しい氷の結界だった。
「唸れ、水流っ!」
大量の水が勢いよく結界にぶつかって弾ける。
中々に威力が高いが、それでも驚く程じゃない。
何せ、雪耶が結界を張っただけで先生達も、結界の外にいる風間先生ですら何の反応も示さなかったのだ。
つまりその程度なのだろう。
「…………はぁ」
ただ、風間先生はモロに 水を浴びてしまった。
避ける事は一切せずにいたので全身びしょ濡れである。
大丈夫……だろうか。
魔法によるダメージや怪我は無いようだが、普通に水を掛けられたら怒るだろう。
「校則第五条第一項校内での無許可の魔法の使用及び器物破損を禁ず。まさか……知らない訳ありませんよね」
そこまで一息に言い切ると、眼鏡を外して髪をかきあげる。
後ろ姿しか見えないので顔はわからないが、離れた所にいる女性の先生方が顔を真っ赤にして叫び声をあげる。
認識阻害の眼鏡を掛けた状態でも顔立ちが整っているのがわかるくらいだ。
「ただ、正当防衛は除くとありますので、俺は遠慮なく反撃させて貰いますけど」
風間先生が大村先生の目の前でパチンと指を鳴らす。
その瞬間、糸が切れたように大村先生が廊下に倒れ込んだ。
今のは、魔法だろうか。あまりに一瞬過ぎて魔力の流れを追う事すら出来なかった。
どうやら気を失っているようで、ピクリとも動かなくなった。
「ふ、冬奈くん……大丈夫っすか?」
「大丈夫じゃねぇわ。びしょびしょなんだけど」
「自業自得でしょ。正当防衛にする為とは言え、煽りすぎだよ。怪我したらどうするの」
聖女様が、風間先生を隠すように前に立つ。
先程の女性達の反応が凄かったから、その配慮だろう。
「こいつ程度の魔法じゃ、大した怪我はしねぇだろ。それを見越してやってるんだし」
いつの間にか女性の先生方がタオルを大量に持ってきて走りよってきた。
それを聖女様が穏やかな笑みで受け取ると、風間先生の頭にバサバサと乗せる。
「気を付けてよね。また変なストーカー湧いても知らないから」
風間先生がタオルの隙間からこちらを窺う。
瞬間、静電気みたいな、ビリっとした衝撃を感じる。
一瞬だけ見えた目は翠玉のように綺麗で、微かに魔力が込められているのがわかった。
多分、小湊がインキュバスだから効かなかったのだろうが、普通の人ならきっと、否応なしに魅了されていただろう。
死地に咲く氷の華 鵲煉火 @kerota13
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