第145話 胃の腑
「メスだな」
オレの言に皆が固まった。理解できていないと言った顔だ。
「メスだな」
「耳を疑うことを二度も言わなくて良いから」
とマヤ。聞こえていない訳ではなかったようだ。
「このデカい主様だよ」
「へえ」
「え? 何? その興味ない、みたいな反応」
「いや、実際興味ないし」
酷い。
「って言うか、ここがその主様の中って言うのがまだ信じられないんですけど」
オレたちがいるのは、ヌメヌメとした粘液に覆われた広い洞窟である。床も壁も天井も、押せば弾力のあるピンク色の素材だ。それこそ何かの肉のような。
「それは間違いないぞ。ワシも見たからのう」
「まあ、烈牙さんがそう言うならそうなんだろうけど」
え? 烈牙さんとオレ、信用度違い過ぎない?
「でも何でこんなに体格に差があるのよ?」
「自然界では得てしてオスよりメスの方が大きいことがあるのだよ」
もちろんオスの方が大きい種も存在するが。
「でも、どうすんの? 私ら飲み込まれちゃったけど」
それには閉口するしかない。例え内側からこのデカい主様を倒したとしても、湖の水が流れ込んできて溺死するだけだろう。聞けば天使たちは泳げないと言う話だ。下手なことは出来ない、とおそらく舌であろうちょっと温かい床に、腰を下ろして休んでいたところで、亀が水を飲んだ。
「「「うわあああああ!?」」」
オレたちはもれなく胃の中に湖の水ごと流し込まれてしまうのだった。
「だ、大丈夫か? 皆?」
オレはおそらく胃の中だろう場所で立ち上がる。
胃と言えば胃酸を含む胃液だ。強力な消化液である。それもこんなにバカデカい亀の胃となれば、胃液の量も湖並みのはず。だと言うのに、オレは立ち上がれたのだ。
「ええ」
「何とか」
と皆も濡れてはいるものの、立ち上がることに驚く。と言うか地面がある。胃液の海の上に、小島のような地面があった。
「何あれ?」
とオレが驚いていると、マーチがオレの後ろを指差す。振り返ると、まるでギリシャの神殿のような白亜の建物が立っていた。
「お、お邪魔しまーす」
とオレが恐る恐る神殿に足を踏み入れていると、
「何してんの?」
マヤやマーチ、烈牙さんに天使たちまで、ズカズカと神殿の中を踏み入って行く。
「…………何もなさそうだな」
オレも皆の後を付いていく。と何かが蠢く音が奥から聴こえてくる。
皆で顔を見合せ、忍び足で奥に進むと、音のする場所を柱の陰から覗き込む。
(あれ何?)
(…………多分、半魚人)
首を傾げるマヤに俺が答える。それは出来損ないの人間のような体躯に、全身を覆う鱗に鋭いヒレを持つ生き物だった。
(いや、それは見れば分かるんだけど、何してんの? あいつら)
(…………多分、この神殿を造ってるんじゃないかな)
神殿の奥は建設中だった。そしてさらに奥にダンジョンコアがあり、その周りにデカい卵がゴロゴロ転がっている。
(ここってダンジョンなの?)
(…………多分)
つうか、ダンジョンって魔物が手作りするものなのか? いや、ダンジョンによるのかも。それより卵が気になる。あれが主様の卵なのか、眼前の半魚人の卵なのか、で危険度がまるで違う。
(何であれ、掃討するしかない)
オレがそう言って剣をポーチから出すと、皆もオレに続いて武器を構える。マヤは大盾に手斧、マーチは人形に小太刀、烈牙さんは太刀、一郎は槍、二子は双剣、五郎は大斧、八子は盾と剣、十子は弓だ。うん、皆見事にバラけてるな。
「いくぞ」
半魚人の掃討はオレたちには簡単だった。おそらくこの半魚人たちは表に出てこない裏方だったのだろう、スゲエ弱かった。だが、やはり素体が魚の死体だったことで、このダンジョンが異様であることが窺い知れた。
「このダンジョンって、どういうダンジョンになるはずだったのかしら?」
マヤが疑問を口にする。
「まあ、あまり良い気のするものじゃないだろうなあ」
オレはダンジョンコアをポーチに仕舞いながら応える。
「卵は、何の卵か分からんのう」
スパッと卵を真っ二つにして、烈牙さんが告げる。
「何であれ、卵は全部壊します。将来に遺恨は残したくありませんから」
オレの言に皆頷き、卵を壊し始めた。
「でもさあ、これからどうするの?」
卵を全て壊してみて、一息吐いたところで、脱出手段がないことに代わりはなかった。
「それなら、そこに魔法陣がある。転移できるんじゃないか?」
とは五郎である。
五郎が指差す先を見てみれば、確かに何やら複雑な紋様が描かれた魔法陣がそこにあった。でもさあ、
「どうした?」
と五郎が首を傾げる。
「いや、どこに行くか、何が起こるか分からない魔法陣に乗るのは、ちょっと勇気がいるだろ」
オレの言に烈牙さん以外は同意してくれた。
「じゃが、このままでは、胃液に沈むだけじゃぞ?」
とは烈牙さん。何を言っているの? と皆が首を傾げていると、神殿を地震が襲う。いや、神殿が沈み始めていた。
どうやらオレたちに残された時間も道もないらしい。
オレたちは互いに顔を見合せ、全員で一斉に魔法陣を踏むのだった。
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