第93話 ゲロー
走る。息が上がるのもお構い無しに雪原を駆ける。前を走る巨人たちが蹴り上げる雪を被るのもお構い無しに。
逃げている訳じゃない。その逆だ。土の民の領域から地上に出るのと、上空をゲローが飛んでいくのはほぼ同時だった。ゲローが街に飛んでいく。
どれほど早く走っても、ゲローはその何倍もの速さで飛んでいく。遠く小さくなっていくゲローの姿に、荒い息を歯噛みする。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
街に着いたとき、その半分は氷漬けにされていた。その氷漬けの街と元の街との境目で、ゲローと戦士たちが戦っている。
「うおおおおおおおッ!!」
フレッド殿下は叫ぶと、一直線にその戦場へと駆けていく。それに続くお付きたち。
「はあ、はあ……、スゲエな。あの体力」
「何言ってるの? 私たちも行くわよ!」
駆け出すマヤに皆が続く。くっ、分かってるよ。オレも最後尾から皆を追い掛けた。
「グルアアアアアアアッ!!」
ゲローの口から吐き出される冷凍吐液。それによって目の前で一人の巨人の戦士が氷漬けにされた。
「マジであれと戦うのか……」
「当然よ!」
マヤ以下皆やる気だが、
それでも彼らの闘志には一ミリの揺らぎも見られない。皆意志の強い眼でゲローを見据えている。
「……分かったよ。ブルース!」
オレに言われるまでもなく、ブルースは古竜の角笛を吹き鳴らす。
角笛のどこまでも響き渡りそうな澄んだ音色。それを聴かされたゲローは、旋回していた上空から、一気に地上に墜落した。
「今こそ好機! 皆の者かかれ!!」
フレッド殿下の号令に
ゲローは墜落こそしたものの、眠るまでには至っていなかった。横薙ぎに冷凍吐液を噴射するゲロー。それによって巨人の戦士たちが次々に氷漬けにされていく。
残ったのは、炎の武器を持ったフレッド殿下とそのお付きに、マヤの炎鬼の大盾に隠れたオレたちだけだ。
「強化されたブルースの角笛でも眠らないのか……」
「ああ、だが効いてはいるみたいだぞ」
アキラがゲローを見据えたまま応える。確かに、ゲローはまるで酔っ払っているかのように千鳥足だ。相当眠いのだろう。
「ブルース、そのまま継続して角笛を吹き続けてくれ」
ブルースは角笛を吹いたまま頷きで返してくれる。
「うおおおおおおおッ!!」
「今度はなんだよ!?」
声が上がった方を見れば、氷漬けにされた一人の巨人の戦士の氷にヒビが入り、バギンッとその氷が砕け散る。
「おお! フリオ! 無事だったか!」
「ええ」
ええ!? 無事っておかしくね!? 氷付けにされたんだよ? 見た感じ右手に少し凍傷があるだけで、ほぼ無傷なんですけど!?
「うおおおおおおおッ!!」
フリオはお付きの一人から炎の斧を奪い取ると、勇猛果敢にゲローに斬り掛かる。
ガギィンッ!
硬質な重い金属同士がぶつかる音がする。炎の斧を受けたゲローの翼は、焦げているものの、傷は付いていない。
「硬いな」
「ああ」
オレの呟きにアキラが応える。チラリとアキラを見ると、獲物を見詰める肉食獣の顔で、目が爛々としている。
「オレも出るぞ」
ボソリとこぼすと、アキラは疾風のように地を駆けていく。その手に持つグラディオフランマは、まるでアキラの闘志を物語るように燃えていた。
「私もいきます!」
ファラーシャ嬢が声を上げる。その手がかざす杖、フェルラフランマの先では、直径一メートルはあろうかというファイアボールが轟轟と音を立てている。
ファラーシャ嬢が杖を振れば、そのファイアボールがゲローに襲い掛かる。それに合わせてマーチの人形が裏に回り、
ドオオオオオオオ!!
爆音と熱風がオレの場所まで振動を伝える。そしてファイアボールに合わせるように、アキラとマーチがゲローに攻撃を仕掛ける。
ギインンッ! ギンッ! ギンッ!
やはりドラゴンの表皮は硬い。炎で焦げ付かせることはできるが、刃が通じないのはキツいな。
「リンも行きなさいよ!」
マヤの大盾の後ろで、戦況を見守っていると、マヤに蹴られた。オレに何をしろと?
戦況はジリジリとした長期戦となった。ブルースの角笛でゲローを無力化しているが、こちらの攻撃もあまり効いているとは言い難い。
皆が疲労感でパフォーマンスが落ちる中、フリオだけがパフォーマンスを落とすことなく、炎の斧を振り回している。その姿はまるで伝説や神話に出てくる英雄のようだ。その力強い背中に気持ちを押され、皆が後に続く。それはオレには異様な光景に映った。
剣を振り、斧を振り、槍を突き、ドラゴンの攻撃を盾が阻む。何とも言えない高揚感にゾワゾワする。気持ち悪い。
「うおおおおおおおッ!!」
何度目の咆哮だろう? これが聴こえるたびにオレの口からため息が漏れる。何とも言えない違和感に、オレの何かが目を反らすな、と警告している。
「リン! ぼうっとしないで!」
マヤに言われてハッとした。確かに今は戦闘中だ。まずはゲローをどうにかしなければ。
金剛弾は弾かれた。ドラゴンの表皮というのは、ダイヤより硬いらしい。
となると、オレにできるのは斥力ブレードだが、あんな捨て身技、ここで使えるだろうか? と思ったところで一つの案が浮かんだ。
グラディオマギアに魔力を通す。斥力を。しかしてそれは、見事に鍔の先から刀身として顕現せしめたのだった。
(いける!)
オレはすでに走り出していた。マヤの大盾を後方に置き去りにして、ゲローへと向かっていく。
ゲローの尾が、前線の皆に襲い掛かる。
ズバッ!
それを斬り裂いたのはオレの斥力ブレードだった。
「グルアアアアアアア!?」
「うおおおおおおおッ!!」
ゲローの鳴声と鬨の声が被る。初めてこちらの攻撃らしい攻撃が通ったことで、戦場の閉塞感に光明が射し込む。斬られた尾の根にアキラが攻撃すれば、それはザクリと肉を斬り裂いた。どうやら表皮の内側ならアキラたちの炎の武器でも攻撃が通るようだ。
酩酊して攻撃が定まらないゲローを、オレはザクザクと斬り裂いていく。その跡を攻撃していく戦士たち。このまま押しきれるかと思ったが、そう甘くはなかった。ゲローが息を吸い込み、背が盛り上がる。
「離れろ! 冷凍吐液だ!」
皆が飛び退いたところを冷凍吐液が氷漬けにしていく。
「あっぶな! よく分かったなリン!」
アキラに頷く。背が盛り上がったのが決め手だな。なんとなくサラマンダーの肺の裏に液袋があるのを思い出したのだ。ん? ということは……!
「皆! 少し注意を惹き付けといてくれ!」
おう! と皆から心強い返事をもらい、オレはゲローの後ろに回る。ゲローはそれをさせまいとするが、皆が邪魔をしてできない。
オレは尾の根から苛立つゲローの背中に飛び乗ると、両翼の間、先ほど膨らんだ場所にやってくる。
「ハァーーーーー。これで最期だぜ、ゲロー」
オレは斥力ブレードで背を斬り裂くと、サッと背から飛び降りゲローから距離を取った。オレに倣うように皆もゲローから距離を取る。ゲローの背から液体が噴き上がる。それは瞬時に氷漬き、ゲローは自らの冷凍吐液によって氷像となって最期を迎えたのだった。
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