第58話 一回戦

 オレは今本選出場選手の控え室にいる。

 そこに今日のトーナメント表が貼ってあるのだが、なんだこれ。


「闘うのは決勝戦ね」


 マヤとは見事に分かれ、そして、


「無理だと思うぞ」


 オレが逸した視線の先には、濃緑のフードを被ったレクイエムがいた。オレは準決勝でこいつと闘うことになっている。


「ついてねぇなぁ」

「全くだな」


 と声を掛けてきたのはマヤじゃない。茶髪で顔はカッコいいがキザそうな兄ちゃんだ。


「どちら様でしょう?」

「どちら様? 貴様の一回戦の対戦相手、ソナタだ」

「え? どなた?」

「ソナタだ! ソ・ナ・タ!」


 オレはトーナメント表を見る。ああ、ソナタって名前なのか。


「で、何かご用でしょうか?」


 オレが尋ねると、ソナタはため息を吐きながら両手を上げて首を左右に振る。オーバーリアクションな人だな。


「君への最後通牒だよ」

「はあ」


 どういうこと? オレこういう、「察しろ」ってやつ疎いんだよなぁ。ずっと本ばかり読んできてるから。

 とソナタは肩まである髪をかき上げながら話を続ける。


「僕は予選の予選も、昨日の予選も君の闘いを見させてもらった」

「はあ」

「そして気付いてしまったのだよ。君の弱点に」


 弱点? まあ自分のことを完璧超人だと思ってる訳でなし、弱点はあるだろうが、それならマーチが気付いて矯正してくれてると思うんだけどなぁ。


「残念ながら君は僕には勝てない。僕と一回戦から当たってしまった運命を呪うんだね。じゃあこれで。次は舞台で会おう」


 とソナタは自己完結して向こうへ行ってしまった。


「あの人強いの?」

「曲刀の二刀流使いよ。華麗な舞のような闘い方をするわ。どちらかといえばスピード型ね」

「ふーん。まあ、一回戦でそのお手並み拝見といこうかなぁ」


 これは懸案事項が増えたと考えるべきなんだろうか。本選はレベルが違うとマーチも言ってたし、心構えだけはしておこう。


「ところでリン」

「なんだ?」

「その格好で出るの?」


 マヤが言っているのはオレが着けているオペラ商会のエプロンのことだろう。


「オペラさんに頼まれてね。予選の予選にこれ着けて出た後、塩胡椒がスゲエ売れたんだって」

「ハァー、格闘家がスポンサーロゴ付けて出るって考えればいっか」


 そういうこと。



 そして一回戦。マヤもレクイエムも危なげなく勝ち進み、オレの出番となった。

 控え室から舞台に出ると、凄い歓声がどしゃ降りの雨のように降ってくる。

 観客の熱い視線はオレと対戦相手のソナタの二人に向けられ、その熱でなんだか体が熱くなった気さえする。

 落ち着きたくて誰か知り合いはいないか? とマーチの姿を探すが、観客が多過ぎて見つからない。そんな心なし焦った状態で、開始の銅鑼は鳴らされた。

 瞬間、シーンと静まり返る会場。だがオレの中の熱はまだ冷めてくれていない。浮き足立っているところに、殺気を感じて慌てて避けると、自分が今いた場所を曲刀が通過していた。また興奮で熱狂する会場。


(あっぶねぇ。危うく開始直後に一発退場になるところだった)


「リン! しっかり!」


 マヤの声が聴こえた。そちらを向けば、マヤが何かを指差している。そちらを向けば曲刀が迫っていた。それをすんでで避けるが、避けきれていなかった。左頬につうと一直線に切り傷ができていた。


「どうした? 体が固いようだが?」


 余計なお世話だ。とりあえず睨み返し、オレは赤狼牙のナイフを抜いて構える。そして自分がそんなことさえしていなかったことに気付いた。


「ふふ。分かる。分かるよ」


 何が?


「焦っているんだろ?」


 はあ?


「ここではあの瓦礫を弾丸のように撃ち出す魔法は使えないからねえ」

「…………はあ?」


 思わず普通に聞き返してしまった。


「予選の予選では瓦礫の弾丸で大量に敵を始末していた君が、昨日の予選ではナイフ一本で闘っていた。それは何故か?」


 マーチにそうやって闘えって言われていたからだよ。


「それは舞台の違いだ」


 はあ?


「予選の予選では幾多の激闘が行われた後の舞台だったから、足下には瓦礫が散乱していた。だが昨日の予選はそうじゃない。綺麗に整理された石畳が並べられ、君は瓦礫を使った攻撃ができなかったんだ」


 ああ、そういう解釈ですか。


「だが、残念だったね。今日も舞台の石畳は綺麗なものだ。何せ一戦ごとに綺麗に整え直すのだから」


 へぇ、ご苦労なことだ。


「そして、昨日程度の動きではこの僕は……」


 言ってソナタは両手に握った曲刀をビュンビュンと振り回して見せる。確かに舞のように綺麗で、そして素早い。


「捉えることはできないよ」


 バッと見得を切ってみせるソナタ。顔がカッコいいし動きも華麗だからだろう、会場から黄色い声援が上がる。


「どうだい? ギブアップするなら今のうちだよ?」


 どうだい? と言われてもなぁ。何か今のやり取りで熱が冷めたわ。得意になってるところ悪いけど、


 ジャラジャラジャラジャラ……


 オレはポーチを逆さまにして、中から大量の銅貨を出してみせる。それを見て見得を切ったまま固まるソナタ。

 礫弾を警戒してたってことは、オレが礫弾を使えれば勝てるってことだよな。

 事実その後、礫散弾でソナタは蜂の巣となったのだった。

 こうしてオレの準決勝進出、そしてレクイエムとの対戦が決まった。

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