第59話 レクイエム

「ハァーーーーー」

「また長いため息ね」


 それはそうだろう。オレはこれから優勝候補と闘わなければならないのだ。しかも絶対勝利が条件で。


「いいよなマヤは。早々に勝ちを決めて」


 マヤは準決勝の対戦相手が、一回戦で負傷していたこともあり、危なげなく試合を運び、無傷で決勝進出を決めていた。


「ふふん。待ってるからね」


 余計なプレッシャーをかけないで欲しい。


「リンタロウ選手、レクイエム選手、舞台の準備が整いました。入場してください」


 係員に誘導されて入場しようとした時だった。その係員の横を通ろうとした時、


(いいところで負けろ)


 と係員に耳打ちされる。こいつが協力者か。

 オレが思わず固まると、


「どうかしたの?」


 とマヤが声掛けてくる。


「緊張で腹痛い」

「はあ!?」

「トイレ行っちゃダメかな?」


 オレがトイレに行こうとすると、その係員に腕を掴まれ止められる。


「リンタロウ選手、スミマセンが控え室から出られますと失格になりますが?」


 ああ、外に出て誰かと連絡とるなってことですね。


「分かりました。ここから出ないので1分待ってもらっていいですか」

「……分かりました。1分ですね」


 オレは係員が監視する中、壁際に行って壁に手をつく。


(ブルース、いるか?)


 オレは係員には聴こえないように壁の向こうに話掛ける。


(聴こえてる)


 どうやらいてくれたようだ。


(係員が黒だ。動向に注意しろ)


「リンタロウ選手、1分経ちましたよ」

「分かりました、すぐ行きます」


 ブルースの返事は聞こえなかったが、そこに気を取られてはいられない。

 オレは心配そうな顔をするマヤに笑顔で返し、舞台へ入場した。



 満員の会場は歓声で出迎えてくれたが、一回戦の時と違いひどく遠くに聴こえた。


「逃げ出したかと思ったぜ。お前が試合に出ないと賭けが不成立になるところだった」


 濃緑のフードを目深に被ったレクイエムが話し掛けてきた。


「意外だな。他人とあんまり話さないタイプだと思ってたよ」


 オレがそう応えると、


「そうでもない。気に入った奴には話し掛けるさ」


 気に入った、ね。オレの何を気に入ったのやら。


「あっそ。まあ、そっちの思惑なんてオレにはどうでもいいことだけどな」


 オレがそう応えるとレクイエムの口角が上がる。


「つまり、賭けなんぞ関係なく、オレに挑んでくる、という訳だ」

「そう言ったつもりだが?」


 試合開始の銅鑼が鳴らされた。



 レクイエムが試合開始直後に大鎖鎌を二本取り出す。対してオレは左手に赤狼牙のナイフを、右手に銅貨を握り込む。

 試合は静かな立ち上がりとなった。オレもレクイエムも距離の遠近は関係ないが、得物が違うので距離の詰め方が違う。最初は間合いの取り合いだった。

 さぁて、こんなことをしていてもらちが明かないな。レクイエムが言っていたように、オレの方が挑戦者だ。ここはオレが仕掛けるべきだろ。

 が、そんなオレの思惑を悟られたのかも知れない。先に攻撃を仕掛けてきたのは、レクイエムだった。

 黒い大鎖鎌を、オレが仕掛けようとした絶妙なタイミングでカウンター気味に投げつけてくる。


「ぐっ!」


 それをオレは避けられず、ナイフで受けたが、たった一撃で刃がボロボロになった。


「フッ、そのナイフ、赤狼の牙だろう? こっちの鎖鎌は黒大蛇の牙だ。格が違う」


 黒大蛇がどんなものか知らないが、きっと赤狼より強い魔物なのだろう。例えるなら鋼の剣に銅の剣で挑むようなものか。


「さあ! どんどん行くぞ!」


 レクイエムが操る二本の大鎖鎌は、まさに巨大な蛇を思わせる動きだった。うねうね動き、縦横無尽にこちらを攻撃してくる。

 そして何度目かの攻撃をナイフで受けた時だった。

 バキッという音とともに赤狼牙のナイフが真っ二つに砕ける。


「ぐっ!」


 砕けたからといってそれを気にしていられない。相手の攻撃が止む訳ではないのだ。

 オレは煙幕のように礫散弾を撃って、レクイエムと距離を取るが、レクイエムが一本の大鎖鎌を振り回してを盾のように使い、オレの攻撃は通じない。

 近距離の武器は壊され、遠距離の武器は封じられた。銅貨を投げナイフに換えても同じだろう。


「終わりだな」


 レクイエムが終わりを悟り大鎖鎌を投げつけてくるが、


 ビイイインッ!


 大鎖鎌はオレまで届かなかった。


「!?」


 へへ、多少は驚かせることができたか。オレが使ったのは斥力バリアだ。攻撃にリソースを割かなくて良くなった分、バフ増し増しのフルパワー版である。これならレクイエムの攻撃も通らない。

 事実レクイエムがオレに投げつけてくる大鎖鎌は、全て斥力バリアで弾いていた。だが、


「チッ、厄介だな」


 と言って今まで一歩も動いていなかったレクイエムが、こちらに歩を進めてくる。

 やっぱり気付かれたか。遠距離攻撃なら大鎖鎌でも弾けるが、至近距離であれを振るわれれば、オレなんて真っ二つだろう。

 そしてレクイエムはオレをこの場所から逃がさないように攻撃を加えつつこちらに近づいてくる。一歩一歩確実に。そして大鎖鎌を振るえる距離に到達した。


「これで、本当に終わりだな」

「ああ」


 レクイエムは両手で握った大鎖鎌二本をオレに振り下ろしてきた。


 キイイインッ!


 それは高く澄んだ音だった。レクイエムの大鎖鎌は真っ二つに斬られ、オレに届くことはなかった。


「なんだ、それは?」


 レクイエムが驚きとともに見つめるオレの右手の手刀は黒く輝いていた。オレの持てる力全てを注ぎ込んで創った剣だ。


「斥力ブレード。レクイエム、お前を倒すために編み出した必殺技さ!」


 言ってオレから距離を取ろうとするレクイエムに追撃し、オレの黒い手刀はレクイエムの心臓を貫いた。

 消滅するレクイエムを見送り、オレは右手の斥力ブレードを解除する。と、途端に今まで聞こえていなかった会場中からの喝采が降り注ぐ。オレはそれに応えながら、


(さあて、これからが本番だな)


 と心の中で呟いていた。

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