第50話 商売

 ゴブリン討伐から二日後、アキラを乗せた幌馬車が常宿の前に乗り付けた。


「おお! 結構持ってきてくれたなあ。個人でこれだけ調達するの大変だったろ」


 馬車には馭者席以外塩が樽でいっぱいだった。


「まあな。フィーアポルト方々からかき集めてきたからな。しかし言われた通り持ってきたけどさあ。大丈夫なのか?」


 アキラに代金を支払いながら首を傾げる。


「何が?」

「いや、何すんのか知らんけど、宿の主人が嫌そうな顔してんぞ?」


 言われて振り返ると、宿の主人が奥の方で顔をひきつらせていた。そりゃ胡椒も置かせてもらっている上に、更に馬車いっぱいの塩まで運び込まれたら、そうなるわな。


「んー、大丈夫じゃね?」

「リンってそういうとこ楽観的だよな」


 言いながらアキラは代金の金貨の数を数えている。


「って多くねえか!?」

「ああ、色付けといた」

「いやこっちはありがてえよ。ありがたいが、儲けが出ないだろ?」

「今回は儲け度外視だ。この量を捌かないといけないからな」

「何すんのか知らんけど、ほどほどにしないと目ぇ付けられるぞ」


 もう付けられてるよ。オレがマーチと特訓している間、ブルースは小袋を作っていただけじゃない。いや、鹿の解体もしてくれてたけど。街での情報収集もしていたのだ。

 ブルースの情報収集の結果、オレが星胡椒に深く関わっていることは、商人界隈ではすでに知れ渡っているらしい。手や口を出してこないのは、それと同時に黒い噂の絶えないらしい、あのデブったオッサンのところから生還したことで、手を出すと何かマイナスに働くと思われているようだ。


「じゃあオレもう行くわ」

「相変わらずさっさとどっか行っちまうな。茶ぐらい飲んでけよ。ここのはそれなりに美味いぞ」

「フッ、最前線は1日離れるだけで状況が270度変わるからな。なるべく前で張ってたいんだよ」

「ふ~ん」


 オレには縁遠い話だな。


「じゃあな」

「ああ」


 そう言い残し、アキラは幌馬車で帰っていった。


「あのう、お客様」


 そこに宿の主人が話し掛けてくる。


「申し訳ないのですが、この量はさすがに我が宿の倉でも……」

「まあまあ、一週間! 一週間だけ置かせて下さい!」


 オレは指を一本立てて宿の主人にゴリ押しする。


「ハァー、ホントに一週間だけですよ」

「ありがとうございます。あ、これ、今度うちで売り出す新商品です」


 言ってオレは宿の主人に小袋を握らせる。


「これは?」

「塩胡椒です」

「はあ……?」

「塩と胡椒を絶妙のバランスで配合した、簡単調味料です」


 言われて宿の主人が小袋の中身を一口舐めてみる。


「なるほど、これは……」



 販売したのはあの湖の見える公園だ。屋台を造り、店の前ではブルースとマーチが大道芸をして人を集める。そこに試食用として塩胡椒をふった鹿肉を振る舞うのだ。

 店は初日から大盛況となった。

 今まで塩は塩、胡椒は胡椒で分けて買うのが当たり前だったのだから、塩胡椒でも革命的だったといえる。そもそも今まで胡椒自体高価で手が出なかったものだ。それが塩と合わせて10分の1ほどの値段で手に入るとなったら飛び付くのも無理からぬこと。胡椒の配分量も10分の1なんだけど。



 しかし好調だったのは初日二日目までだった。

 三日目にして競合店が現れたのだ。うちの屋台の向かいでその店は塩胡椒を売り始めた。しかもわざわざ「元祖」と付けて。

 四日目には「本家」が現れ、五日目には街の調味料店で普通に売り買いされるようになっていた。

 六日目には客足が初日の10分の1に。まあホンモノの商人とやりあってオレとしては良くやった方だよなあ。明日には半額セールにして全部売り払おう、と思っていると、


「何かアイデアはないのか?」


 今や関係ない屋台まで色々出始め、屋台村みたいになった公園で、客足の鈍さに暇を持て余すブルースが話し掛けてきた。


「なんだよいきなり?」

「悔しくないのか?」


 どうやらあんなに売れていたのにあっという間に見向きもされなくなったことで、ブルースいや、マーチもかなり悔しいらしい。中々熱いな二人とも。


「まあ、売り切れればオレはそれでいいんだよ」

「それじゃダメだ! バカにされたままだぞ!」


 う〜ん、こうなってくると何言っても通じなさそうだなぁ。


「そうですよ。この良品が売り切れたらそれまでなんてもったいない」


 ? いきなり横槍を入れてきたのは、ロマンスグレーの髪をかっちり固めた壮年のオジサマって感じの人だった。


「え〜と、どちら様でしょう?」


 オレが尋ねると、オジサマは恭しく礼をする。


「これは申し遅れました。私はオペラ商会のオペラと申します」

「はあ、オペラさん……ですか」


 どうやら商会のお偉いさんらしいが、そのお偉いさんが何用なのだ?


「私は美味しいものが好きでしてね。行く先々で食べ歩きなんてものをしているのです」

「はあ」

「そして忘れもしない六日前、私はこの店と出会ったのです! それは感動を通り越した衝撃でした。ただ肉に塩と胡椒を振りかけているだけだというのに、その絶妙のバランスはどうでしょう? 私は一瞬でその虜となりました」


 食べ歩きしてるくせに安い舌だな。とは言わない。


「そうしたらなんと、その絶妙のバランスの塩胡椒を売っているというではありませんか。私はすぐにこれを買って持ち帰り……」


 思い出した。初日に大量に買っていったお客だ。


「私の商会でも販売しようと研究しました」


 何、パクります宣言してんだよ。


「しかし、類似品にはなっても、ついに同じものは作れなかった」


 だろうね。


「今ここで商売している、いや、この街で商売しているどの店もあなたの店の塩胡椒には敵わない!」


 う〜ん、そこまで言ってくれるのは嬉しいかも。


「あなたが今ここでこの店を畳めば、その損失はトレシー最大の不幸として末代まで語られるでしょう。どうかお考え直しを! でなければ我が商会で売り出させて下さい!」

「いいですよ」

「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る