第51話 塩胡椒
「なるほど、少量の砂糖を加えることで味を引き立たせていたのか」
トレシーのオペラ商会支部にある研究室で、オレは実際に販売している塩胡椒を作ってみせた。
「盲点でしたね」
オペラさんは横の研究員と頷き合っている。
「塩の味を引き立たせるために少量の砂糖を加えたり、逆に甘さを引き立たせるために少量の塩を加えるのは、料理の初歩だと思いますけど」
「いやいや、そんなことはないよ。実際塩胡椒の名で販売していれば、誰だって入っているのは塩と胡椒だけだと思うだろう?」
まあ、だから隠し味なんだけどね。
「とにかく、製法も教えましたし、残った塩胡椒も引き取ってもらえるみたいですし、こちらとしては万々歳ですよ」
「そうかね」
とオペラさんが気にしているのはオレ、じゃなくオレの後ろにいるブルースとマーチだ。振り返れば仏頂面をしている。
「何が不満なんだ?」
「だって、折角苦労して作ったのに、大商会に製法を売っちまうなんて……」
不満らしい。確かに二人からしたらそうかも知れない。オレは基本1日数時間しかマグ拳ファイターの世界にいないが、二人はずっとこの中で生活しているんだ。塩胡椒をブレンドしたり、小袋を作ったり、鹿を捕まえ解体したり、色々苦労があったのだろう。
「ただで売った訳じゃないぞ」
「「?」」
首を傾げる二人にオレは説明する。
「純利益の10%ももらえるように交渉したからな」
とオレは胸を張るが、二人には通じなかったようだ。更に首を傾げられた。
「我々が塩胡椒を売る度に、幾ばくかリンタロウくんにお金が入ってくるということだよ」
「! マジか!? スゲエな!」
驚き喜ぶブルースの横で、マーチが何回も首を縦に振っている。なんというか二人ともかわいいな。
「まあ、こちらとしたら売上の10%でも構わなかったのだが」
「それはもらい過ぎですよ」
こうして塩胡椒の販売はオペラ商会が行うことになったのだが…………。
何でオレの前にはあのフーガとかいうオッサンがいるんだろうなぁ。
「さてお前ら、何故ここに連れてこられたのか分かるな」
「「「分かりません」」」
「クッ」
いや、そんな苦虫を噛み潰したような顔をされても困るのだが。ちなみに今回は暗殺などせず穏便に、郎党を使って夜道で待ち伏せるという全うなお出迎えだった。だってオレ縛られてないし。眠らされてないし。
「貴様らはワシからかっ拐った胡椒を使って商売をしていたんだぞ!」
えー!? あれはオレがオッサンから買ったものだし、商売に関してもちゃんと商業ギルドに届け出を出してある。
「ほれ」
オレらに向かって伸ばした手をクイクイとするオッサン。
「何か?」
「今までの売上とその製法を渡せと言っとるんだ!」
ワーオ。売上だけなら予想はついたが、製法まで寄越せと言ってきましたか。ふむ、舌が良いのか、味の違いに気付いていたんだな。
「申し訳ありません」
「なんだと?」
オレが断ると露骨に嫌な顔をするオッサン。
「それなんですが、今日の昼にオペラ商会の会頭さんがお越しになられまして、どこで商売やってるんだ。今までの分全部寄越せと脅されまして……」
「全部渡したのか!?」
「はい」
横の大男を蹴飛ばすオッサン。しかし鍛えられた男の脚の方が頑丈で、オッサンは脛を押さえて痛がっている。ダメだ。笑っちゃダメだ。
「もういい! とっとと出てけ!」
「へーい」
オッサンに言われるがまま退場するオレたち。退場した部屋からは「あの野郎横取りしやがって!」など罵詈雑言が響き渡っていた。
しばらく夜道を歩いたが、追っ手はいないようである。
「しっかし、あのオッサン見たか? 顔真っ赤にしてさ」
「見た」
「いやぁ、フーガの奴のあんな顔を見れる日がくるとは思わなかったぜ」
さすがにオッサンが痛がり顔を真っ赤にする姿に、三人とも笑いが止まらない。
「でも良いのか?」
ブルースが真面目な顔になって訊いてくる。
「何が?」
「オペラさんのこと」
「ああ、大丈夫だろ。あの場はああ言わなきゃ切り抜けられなかった。それにオペラさんだって事前にオレらの噂ぐらい掴んでたはず。あのオッサンと今後軋轢ができることを承知でオレたちに話を振ってきてたはずさ」
「そうなのか?」
「ああ。だからこれぐらいでどうにかなるってことはないさ」
オレの言葉に二人とも納得したようだった。
宿に着くと、マヤがテラスで項垂れていた。
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