第40話 星胡椒
それはとても奇特な光景だったと思う。
街の外からやって来た冒険者の少年が、気付け石を銅のナイフで削り、イノシシ肉のステーキにふりかけ始めたのだから。
オレがふりかけた気付け石の粉は、かけた量こそ極少量だったが、その効き目は十二分だった。
肉にピリリと刺激を与えるその味は、現代日本人が常日頃から愛用している胡椒の味そのものだったからだ。
オレはこのマグ拳ファイターの世界に来て初めて食事を美味いと感じた。
「リン、ちょっとだけ食べさせて?」
オレがあまりにも美味そうに食べていたからだろう。マヤがオレの皿にフォークを伸ばしてくる。
ふふ。美味い物は人の気を大きくさせるな。いや、美味いという感覚を共有したかったのかもしれない。オレはステーキを一切れ切り分けマヤに与えた。
「!?」
マヤもその味に目を見張る。そして口元を押さえながらも美味しいことに同意するように、力強くコクコクと頷くのだった。
そしてまるでこれが合図だったかのように、オレたちのやり取りを見物していた街の住人たちがこぞって真似を始めた。
美味い、美味い、と言う声が酒場のそこら中から聞こえてきて、皆が料理をおかわりするので調理場は大慌てとなり、間もなくして酒場は全ての食材を使いきった。
その場にいた皆が大満足で椅子に寄りかかり腹を擦るなか、
「しっかしこんな美味い物を、何で今まで誰もやらなかったんだろうなあ」
誰かの声に皆が賛同しているが、そりゃ石だからな。普通料理に使おうとは思うまい。かのチョコレートだって最初は薬として極少量が出回っていただけなのだから。植物でもそうである。石なら尚更だ。
「でも、やっぱりジャリジャリするわね」
と言うマヤの一言に酒場は笑いに包まれたのだった。
「そんな笑ってられるのも今の内だと思うぞ」
「? 何でよ?」
マヤだけでなくその場にいた全員が、なんだなんだ? とオレの方を見遣る。
「何でって、胡椒だぞ? どれだけ巨大なマーケットだと思ってるんだ。確か胡椒って同じ重さの金と取引されてるはずだ」
「マジで!?」
オレの発言に誰かの喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。
「しかもコレってくず石ですよね?」
オレが周りの人に訊くと皆が頷く。
「ああ、掘ればそこら中から出てくるようなものだな」
「ってことはその産出量は銅の比にならない。この街にかつての栄華、いやそれ以上の活気が戻ってくるのは確かだけど、下手すりゃ市場が大混乱に陥る。産出量が桁違いだから、あっという間に値崩れを起こして、また、揃って貧乏に逆戻りだ」
「な!? ど、どうすりゃいいんだ!?」
オレがあることないこと喋っているせいで、皆アワアワしてるな。
「やるべきことは市場の管理ですね」
「市場の管理……」
「出回る量に制限を掛けておけば、そんなに値崩れは起こしませんから。と言っても銀程度には値段が下がるでしょうけど。そこら辺はこの街の商人ギルドと要交渉でしょう」
それでも食うに困って山賊までしていた街人たちの顔が明るくなる。
「でも、その前にやることがあります」
まだ何かあるのか? と面倒臭いものを見る目でこちらを見られても困る。そしてこれだけはやってもらわないと困る。
「このジャリジャリの砂感をなくしてもらいたい」
これには街人全員納得だった。
「これは?」
翌日、面倒臭いことに商人ギルドに街人全員で押し掛けると、そこのギルドマスターであるホルンさんが顔をひきつらせながら対応してくれた。
オレたちが渡した麻袋に入れられた、まるで白い星の砂のようなものを怪訝そうに見ている。
「胡椒です」
「胡椒………ですか?」
禿頭に浮かんだ汗を拭いつつ、困った顔をするホルンさん。まぁ、そうなるだろう。この世界で胡椒と言えば黒胡椒だ。白い星の砂のような胡椒なんて見たことないはずである。
これはあの後気付け石から精製したらできた物だ。
と言っても、砕いて削って粉にして、鍋で煮込んで成分を抽出、火を落として冷めるのを待ち、その澄んだ上澄みを別の鍋に移して、さらに煮込んで水分を飛ばしたら、まるで星の砂のようになったというだけだ。
まさか白い粉になるとは誰も思わなかったが、食感はと言うと、
「!!」
目の前で、命名「星胡椒」を一口舐めたホルンさんは、そのピリリと来ながらもスッと消える食感の虜となり、交渉はトントン拍子で決まった。
「本当に良かったんですか? 星胡椒の純利益の0.5%だなんて。あなたの発見にはそれ以上の価値があるというのに」
ツヴァイヒルを立ち去ろうというオレとマヤに、街人全員が見送りをしてくれた。その場でバンジョーさんが申し訳無さそうに言ってくる。
星胡椒に関して、発見者であるオレへの利益率をどうするか? という話になり、純利益、つまり売上の内の諸費用を差っ引いた利益の中から、0.5%をオレの取り分とすることが決まった。
周りからはもっとオレの利益率を増やしていいとの話も出たが、このゲームはRMTである。とんでもない利益が見込まれる物をただ同然で手にしているプレイヤーがいると知られたら、要らぬ反感を買いそうだ。なのでここら辺が手の打ち所だろう。
「いいんですよ」
オレはニッコリ笑いながら力強く頷いた。
「じゃあ、オレたちはもう行きます」
『ありがとうございました!!』
全員のお礼を背にオレたちは次の街、トレシーへと歩き出したのだった。
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