第39話 石?
「さて、これからのことを考えよう」
「これからのこと?」
まだ夜には早いというのに、前回以上の盛り上がりの酒場で、薄味のシチューのゴロゴロ野菜を頬張るマヤは、はて? といった具合に首を傾げる。
「マヤが言い出したんだろ、レベルアップしたいって」
「え? アレは達成されたじゃない」
「達成されてない。アレは周りのレベルを下げたのであって、自分たちのレベルを上げた訳じゃない」
「……そうとも言えるわね」
納得したのかしてないのか、曖昧な顔で相づちを打つマヤ。
どちらにしろレベルアップは必要だ。相手のレベルを下げる今回のような作戦が通用しない魔物、いや、逆にこちらのレベルを下げてくる魔物だって出てくるかもしれない。そう言った魔物に対処するためにもレベルアップは必要である。
「で、考えたんだが、やっぱ二人だけでやっていくのはここら辺が限界だと思うんだ」
「? どう言うこと?」
首を傾げるマヤ。
「つまり、誰かに教えを乞う必要があるってことだよ。オレらって基本的な部分をアキラに教わっただけで、あとは独学みたいなもんだろ? もし本格的にレベルアップしたいと思ったら、ちゃんと習うのが一番の近道だと思うんだよねぇ」
オレがそう言うと、マヤは明らかに嫌そうに顔をしかめる。
「ゲームの中でまでお勉強とか、リンって真面目だよねぇ」
そうだろうか? まぁそれだけ真剣にこのゲームを楽しんでいるってことかも。
「で、どうするの?」
「東のフィーアポルトか、南のトレシーに向かおうと思う。フィーアポルトにはアキラのクランがあるし、トレシーには魔法や武術を教える道場みたいな場所があるそうだ」
「ああ、あの女の子パンチを直したい訳ね」
グッ、それもあるけど。
「修練場をお探しですかな?」
オレたちに話し掛けてきたのは、この街の冒険者ギルドのギルドマスター、バンジョーさんだ。
「ええまぁ。これから先、冒険者としてやっていくには、更なるレベルアップが必要だと感じたので」
「ほう。ダンジョンコアを回収するほどの実力を持ちながら、更なる高みを求めるとは、感心ですな」
「ありがとうございます」
そうは言われても、つまるところゲームがもっと上手くなりたいって話なんだけど。
「どこの修練場に入門なさるか、もうお決めになられたのですか?」
「いえ、どこも何も、修練場という名前さえ今知ったばかりでして」
するとバンジョーさんは「ふむ」と何やら長考し、やおらその口を再び開く。
「もし、行く宛が決まっておられないのでしたら、トレシーで私の友人が修練場を開いているのですが、そこへ行ってみてはどうでしょう?」
どうでしょう? と言われてもな。オレとマヤが顔を見合わせていると、酒場の扉が勢いよく開かれる。
全員の視線が開いた扉に注がれ、そこには弟であろう少年を背負った少年がいた。
「助けて! リュートが薬草を採ろうとして崖から足を滑らせたんだ!」
「何だって!?」
酒場は一気に大騒ぎとなり、リュートと呼ばれた幼い少年は長椅子に横たわらせられ、バンジョーさんがその様子を診断する。
オレやマヤを含め、酒場にいる全員の視線がそこへ集中していた。
「大丈夫だ。ただ気絶してるだけだなこりゃ」
その場の全員から安堵のため息が漏れる。
「おい! 誰か気付け石持ってきてくれ!」
耳慣れない言葉だ。
「気付け石って何ですか?」
近くのオッサンに尋ねる。
「ん? 気付け石ってのは…………ほら、これだ」
オッサンはズボンのポケットから黒い石を取り出した。ああこれか。よく魔物が素体として使ってたな。
「何で気付け石って言うんですか?」
尋ねるとニヤリと笑うオッサン。
「ちょっと舐めてみろ」
は!? 舐める!? 嫌だなぁ、と二の足を踏んでいると、
「うわああっ!?」
とリュート少年が飛び起きた。かなりびっくりしているが、多分気付け石を舐めさせられたんだろう。
リュート少年が起きたことで兄が喜んでいるのを尻目に、オレは勇気を出してその石をペロリと舐めてみる。
瞬間、ピリピリッと体に熱い電流が駆け巡る。なるほど! 気付け石と言われる訳だ。「ゲホゲホ」とむせかえりながらも、しかしどこかで感じたことのある味だ。とオレの記憶の扉が開きそうになっていた。
もう一度勇気を出してペロリと舐める。
「ゲホゲホッ」
「あんたバカなの?」
マヤに呆れられながらも、オレは味の正体に行き着いた。
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