第15話 夜の森

 9月に入り学校が始まった。

 アキラは夏休みの宿題を半分以上残して2学期を始めたので、今必死になって宿題を終わらせている。


「何でリンは宿題終わらせているんだよ」


 と愚痴られたが、普通宿題は終わらせてくるものなので、オレに文句を言われても、って感じだ。


 アキラがそんな状態なのでマグ拳ファイターでオレはまた一人になってしまった。まぁ、ゲームの中でアキラと一緒に居たことなど数える程度だが。

 服も揃ったので、はて何をしたものか? と一人で逡巡してみるが、水先案内人のアキラがいないので分かるはずもなく、とりあえずここ数日は赤の森で魔物を狩って小遣い稼ぎをしている。


 赤の森と称されるように、森の魔物は皆赤い。

 出てくるのは角ウサギの他に、赤スライムに赤蜘蛛が主だ。

 赤スライムは草原のスライム(こっちは水色)よりも一回り大きく、水風船がローリングして襲ってくる感じだ。対処は簡単で、斥力でつぶてを投げれば事足りる。

 問題になってくるのは蜘蛛だ。人の半分程もある巨大な赤蜘蛛で、仕掛けておいた巣や自ら糸を吐いてきてこちらの自由を奪って、鋭い牙で噛みついてくるのだ。中々に厄介だが、蜘蛛の魔核は80ビットと高く売れるので苦戦を強いられるが、倒さない理由にはならない。


 そこでオレが考え付いたのが「斥力バリア」である。

 名前こそダサいが(自覚はある)その効果は絶大だ。

 やることも単純で名前の通り斥力で体の周囲を覆うだけだ。

 どこから攻撃を仕掛けてくるか分からない赤蜘蛛の糸や、見えずらい巣も薄皮一枚の斥力バリアの前では無力だった。


 オレが森を歩いているとして、巣や糸に引っ掛かったとしよう。だがそれは斥力バリアによって薄皮一枚のところでオレまで通っていない。そしてオレは獲物が引っ掛かったと思って近付いてくる赤蜘蛛を尻目に、引っ掛かった糸と薄皮一枚の斥力バリアを、忍者の空身うつせみの術のように脱ぎ捨てて、その場を脱出。不用意に近付いて来た赤蜘蛛を礫で撃ち落とすのだ。

 これが思った以上の成果を発揮してくれて、もう、森中の蜘蛛を狩り尽くしたんじゃないかというほどだ。

 だからその日のオレは少し調子に乗っていた。森の奥深くまで足を踏み入れ、気付けば夜になっていた。


 マグ拳ファイターの時間の進み方は少し変わっている。

 プレイヤーが多いとゲーム内の時間も現実と同じ速さで進むが、プレイヤーが少ない時間は、ゲーム内での時間の進み方が早くなるのだ。ゲーム内人口によるが、最大で二倍。と言ってもゲームをしている人間は、そうとは感じないので、ウインドウにはゲーム内時間と現実時間が並記されている。


 さて、「夜の森は魔物が狂暴になるからまだ早い」とアキラに言われていたのだが、オレは赤蜘蛛狩りに夢中になって、気付けばすでに周りは闇に溶け込んでいた。

 夜の森に一人というのは、何とも背中がゾクゾクするものがある。早く森を出なければと思えども、 暗くて見通しは悪く、物陰から狂暴化したスライムや角ウサギ、赤蜘蛛が続々と襲いかかって来る。

 何とかそれらを撃退し、やっとの思いで森の端まで来た時のことだった。


 ガサリッ


 と何かが森の大地を踏み締める音が聴こえて振り返ると、そこには赤い体毛に赤い瞳をギラつかせた、オレの身長ぐらいある巨大な狼がこちらを見定めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る