Ch1-3
千里は用紙を示して見せた。先ほどの一枚だった。
「
歌舞伎町へと向かう車の中で、千里は河合という男について回想する。
河合は十年前まで、ファッション雑誌などのモデルをしていた。しかし、女性アイドルへの強制わいせつで逮捕され、業界からも干された。
その後は無線ショップを営むと同時に、様々な死体写真を網羅したサイトを運営していた。
いわゆるタナトフィリアだった河合は、死体に魅了されており、とりわけ殺された死体については、愛着さえ湧いていた。
ついには妄想を膨らませ、自身で考えた殺害方法や死体遺棄など、詳しく書き込んでは公開していた。
そして二年前、河合は最寄りの警察署に自首してきた。連続殺人の犯人は自分だと名乗り出たのだ。
捜査員らが調べた結果、ネットの掲示板でも吹聴していたらしく、河合の例のサイトには、事件と酷似した死体遺棄が掲載されており、本人に前科もあったことから、詳しく取り調べを行うことになった。
その取り調べを担当したのが千里だった。
しかし、河合の供述は要領を得ず、何ひとつ証拠もなかった。そのため、自発的な虚偽自白と判断され、警察署から追い出された。
そんな折、千里は引っかかりを覚えていた。河合の描いた死体遺棄の方法が、実際のものとあまりにも似ている点に。偶然とは思えない。この男は何かを知っており、隠しているのだろうと。
歌舞伎町の雑居ビル。サブカルチャーな雰囲気を醸し出す店が、通路脇に軒を連ねている。
そのうちのひとつに入っていく千里。後から諸星も続く。
数台の監視カメラが無数の目のように向けられ、ふたりを映し出す。
そこのレジカウンターに河合はいた。元モデルだったゆえに、顔のバランスは整っているものの、いやらしい目つきが気色悪い。
千里の姿に気づき、河合は声を発した。
「あれ?」
そして指差す。
「あんた、俺を取り調べた刑事じゃないの?」
千里は微笑を浮かべる。
「覚えてたんだ」
河合はニヤついた。
「覚えてますよ。あんた美人だもん。で、俺になんか用?」
千里は店内を歩き回る。
「三日前に起きた殺人なんだけど、知ってる?」
「ひょっとして、裸で吊るされてたって、あれですか?」
「そう。やっぱ知ってたんだ」
「テレビやネットで騒いでるもん。嫌でも目に入りますよ」
「じゃあ、どうして警察に来ないの?」
「俺が殺したと思ってるんですか?」
河合は一笑に付す。
「俺は前とは違うんです。サイトも閉めて、今は真っ当に生きてますよ」
「あんたが殺したと思ってない。けど、なんか隠してるでしょ」
「ハッ、わけわかんねえ・・・つーか、刑事さん雰囲気変わったよね」
「私が?どんなふうに?」
「前はもっとこう、真面目なタイプに見えたけど、今はなんか、クールな感じで」
「クールねえ」
「まあ、それはそれでありだけど」
「あっそ」
すると、河合の変態ぶりが露わになる。
「俺さあ、責められるプレイも好きなんだよ。だから一回だけ、一回だけでいいから、刑事さんに痴女られたいなあ」
そう言われた千里は、小冊子を取って丸め始めた。河合は続ける。
「ちゃんと金は払うからさ、俺に乳首責めしてくれよ。足でシゴいて、淫語で見下してくれよ。なあ?」
千里は河合の正面に立ち、前屈みになる。
「へえ・・・私に蔑んでほしいんだ・・・・・・」
女刑事の妖艶な目と微笑に、河合は強く惹き込まれてしまった。思わず口が半開きになる。
そんな河合に、千里は官能的な口調で訊いた。
「カメラの電源ってどこ?」
「これです・・・・・・」
河合は千里を見つめたまま、スイッチを指した。
「切って」
「はい・・・・・・」
監視カメラの電源が一斉に落ちる。
その瞬間、千里の形相が鬼に変わった。河合の頭を上方に押さえ、筒状の冊子を口の中に突っ込んだのだ。
喉奥まで一気に詰め込まれたことで、首が大きく膨らみ、眼球が飛び出しそうになる。
さすがに度を越している。諸星が慌てて止めに入った。
「警視!ダメです!死んじゃいますよ!」
なんとか羽交い絞めにして引き離す。冊子を吐き出した河合は、床に倒れ、激しくむせた。
千里は掴まれた腕を振り解き、諸星に言った。
「あんたは外で待ってて」
「いや、でも・・・・・・」
「死にてえのか!さっさと出てけ!」
「は・・・はい・・・・・・」
諸星は縮みあがり、そのとおりに従うほかなかった。
それから先は、まさに暴力の嵐だった。
千里はストレスでも発散するかのように、河合の顔や体を幾度となく蹴潰し、傷つける。
不埒な男が苦しむなか、スラックスのポケットから、バタフライナイフを取り出す。
退院したばかりであるのに、なぜ刃物を持っているのか。それは本人でしか知り得ない。
ビル内の通路を足早に歩き、何度も振り返りながら、諸星がぼやく。
「なんだあれ。頭どうかしてんじゃないのか」
バタフライナイフを手にした千里は、音を鳴らして巧みに操り、鋭い刃を出す。
そして身を屈め、河合の髪を鷲掴みにし、刃先を顔に突き立てる。
「話さなきゃ、あんたの右眼をえぐる。それでも言わなきゃ、次は左眼。どうする?」
ナイフの刃が目の下に触れる。その途端、河合は息を荒くして答えた。
「俺のサイトにメールが届いたんだよ。≪あなたのアイデアを採用します≫って」
「誰からのメール?」
河合は小さく首を振る。
「わからない。匿名だった。けど次の日、俺が考えたとおりのやり方で、本当に死体が出た。ネットで見て驚いたよ」
千里が追求する。
「そのアイデアって何?」
「裸の死体を高い所から吊るすんだ。目立つように」
「ラバーマスクも、あんたのアイデア?」
「独特だろ。異常性を強調したかったんだ」
「後は?」
「後って、それだけだよ。殺し方までは書いてない。捨て方だけだ」
どうやら嘘ではないらしい。となると、殺害の方法や心臓を抜き取った点は、犯人自身が考えたようだ。
千里はそう思うと、さらに問い詰めた。
「あんた、前に自首してきたでしょ。なんで?」
「俺のオリジナルだぞ。許可なくパクられたんだ。許せねえだろ」
「だから、自分が犯人だと言い張ったの?」
「じゃなきゃ、俺の面目が立たない」
「ふざけやがって。このゴミが」
不快感を表しながらも、尋問を続ける。
「で、そのメールは残ってんの?」
「言ったろ。サイトは閉じたんだ。メールも削除されてる」
「パソコンは?」
「とっくに廃棄した」
千里は悔しげに舌を鳴らす。一方の河合がニタニタと笑う。
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