第28話 闇を引き裂く白銀の剣
「……何も見えない」
その頃イーリスは、闇の中で剣を握りしめ立ちすくんでいた。
不安そうな表情で辺りを見回すも、闇以外は何もない。
「シトリー……アルベル……」
弱々しく名前を呼ぶが、その声は無情に闇に掻き消される。
不安そうな表情で俯き、恐怖で足が震えている。
「怖い……怖いよぉ…………」
イーリスは泣き出しそうになりながらも、必死に涙を堪えた。
刹那、横から鋭い斬撃が飛んで来る。
「うぐっ!」
咄嗟に反対側に避けたものの、右肩を浅く斬られる。
流血しているが、この暗闇の中では傷を確認する事すらできない。
そして、休む間もなく矢継ぎ早にあらゆる方向から斬撃が飛んで来た。
右から左から、前から後ろから、絶え間なく攻撃が続く。
イーリスは手に持った剣で必死に防ぐ。
「はぁ……はぁ……」
一旦攻撃が止み、イーリスは呼吸を整える。
(つらい……苦しい…………誰か助けて!)
だが休めるのも束の間、再び激しい攻撃が四方八方から飛んで来る。
イーリスはずば抜けた反応速度と直感で、それらを全てギリギリで防いでいる。
しかし、その様子はとても苦しそうで、既に満身創痍なのは明白であった。
このままでは、体力が尽きて斬り殺されるのも時間の問題だろう。
……そして、限界まで心をすり減らし、気力を失ったイーリスは正面から迫る一撃を前に、剣を持った手をそっと下ろした。
「私はもう、疲れた…………」
絶望に満ちた顔で俯く。
ただその一撃を……“死”を受け入れていた。
(きっと私が死んだら、シトリーは悲しむだろうな。三日三晩泣いて、これからの人生も引きずってくれるよね。アルベルもきっと悲しむよね、多分一晩ぐらいは泣いてくれるはず…………短い人生だったけど、案外悪くなかったな)
シトリーとアルベルの事を思い出しながら、刻々と迫る死の瞬間を待っていた。
(二人とも、ごめんね……)
キィィィィン……
金属音が響く。
イーリスへの攻撃は誰かの剣によって防がれる。
いや、誰かの剣ではない、自分の剣だ。
その手に握る、アルベルから貰った、白く輝く剣によって防がれたのだ。
「…………えっ?」
イーリスは自分が行った事に驚いた、そして理解した。
今の行動は誰かの意思ではなく、自分の意思であるという事に気づいたのだ。
(そっか……私、まだ生きたいんだ。このつらくて苦しい“生”に縋り付こうとしてるんだ!)
イーリスは剣を構える。
光が宿ったその瞳で、目の前の闇を見つめる。
「今なら、見える」
相変わらず見える景色は変わらない、だがイーリスは既に相手の位置を捉えていた。
四方からの攻撃を全て完璧に捌き切り、前へ向けて駆け出す。
「お前がいる場所は……真正面だ!」
イーリスは闇に向かって大きく飛びかかる。
白銀に輝く剣を横に振るう。
だがその攻撃は見えない何かによって防がれる。
地面に着地したイーリスは、何かを潜り抜けるように低姿勢で走り抜ける。
そして、真後ろを向いて、再び大きく飛び上がる。
(私の能力は、“死角がない事”)
(あらゆる方向からの攻撃でも、直感で防ぐ事ができる。今、私は自分の力を理解したんだ!)
自信に満ちた目で、その剣を横に大きく振った。
「私は……負けない!!」
イーリスが振るった刃は、黒く強固な皮を切り裂き、そのうなじを断ち切った。
夜の傷跡はその場に倒れ、黒い霧が晴れていく。
シトリーが作った照明球が姿を現し、周囲を照らす。
その時初めて、イーリスは自分が夜の傷跡を倒した事を理解した。
「私……私がやったんだ…………!」
イーリスは剣を地面に落とし、前に倒れそうになる。
それよりも早くシトリーが抱きつき、イーリスを支える。
「イーリス無事で良かったぁ。ごめんねぇ、ごめんねぇ、寂しかったよね? 怪我とかしてない、大丈夫? 肩怪我してる! 大丈夫、痛くない?」
シトリーはマシンガンのような如き勢いで喋る。
「私は大丈夫……シトリーは平気?」
「ええ! 私は防御魔法を展開しながらウロウロしてたけど、壁にしか当たらなくて大変だったわ、でもイーリスが無事で本当に良かったわ……」
イーリスは安心したように微笑むシトリーを見て、嬉しそうに頭を撫でた。
「もう、イーリスったら……」
「…………そろそろ良いかな?」
奥の方から、頃合いを見計らったようにアルベルが姿を現す。
その姿は全身傷だらけで、服もボロボロの血塗れである。
「えーと、大丈夫?」
シトリーはリアクションに困りつつも、心配そうに声をかける。
「あー、平気平気。致命傷は一つもないから、一週間もすれば全部治るでしょ、多分」
アルベルは特に怪我については気にしていないようだ。
だが、それ以上に気掛かりな事があった。
「まあ強いて言えば、服がボロボロになった事が残念だね。また買い直さないとな……」
そして、穏やかな顔で微笑み、二人の顔を見た。
「何はともあれ、二人が無事で良かったよ……さぁ、今日は疲れただろ? 後処理のついては俺に任せてイーリスとシトリーは先に帰っててくれ」
「あら、女の子二人をこんな夜中に帰らせるのかしら?」
「イーリスはもう限界だろ、お前が宿まで送ってやらないでどうするんだよ。それに、こいつを何とかしないといけないだろ?」
アルベルはそう言って、夜の傷跡の死体に視線を向ける。
「とりあえず、頼んだぞ」
「ええ、もちろん」
イーリスはシトリーにおんぶされながら帰っていく。
それを見送ると、再びその死体を見る。
首から黒い液体が漏れている。
「さーてと、こいつ間違いなく“夜の傷跡”だよな? ホワイトオーダーとかから色々と根掘り葉掘り聞かれるんだろうなぁ」
アルベルはため息を吐き、空を見上げる。
路地の陰からその様子を観察していた人影が、その場から静かに立ち去っていった。
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