第25話 イーリスの何もない一日
これは、仕事も遊びに行く予定もない日のイーリスの一日である。
日が昇り、窓から入り込む光を浴びて目を覚ます。
「……うーん」
下着姿でベッドから立ち上がり、クローゼットから服を取り出し、いつもの服装に着替える。
「ふわぁ……ううん、イーリスおはよう」
「おはよう、シトリー」
シトリーも少し遅れて目を覚まし、同じように着替える。
二人はテーブルの上に置いてある、朝食として用意しておいたパンを食べ、しばらくの間宿の中で掃除をしたり、窓を眺めたりして時間を潰す。
何故こんな事をしているのかと言うと、もし仕事などでアルベルが二人を呼びつける場合、ほとんど午前中に訪ねて来るからである。
時計は十一時を示し、そろそろお昼という時間になると、シトリーがイーリスに声をかける。
「そろそろお昼ご飯にしましょうか」
「うん、そうだね」
特に買い置きしてある食べ物がない場合は、お昼前に宿を出て街を歩く。
道ゆく人の視線は相変わらず冷ややかなものだが、二人共気にしている様子はない。
露骨に嫌がらせをしてくるわけでもないため、こちらから干渉しない限りは問題が起きない事を理解しているのだ。
……稀に例外があるが。
「今日はここにしましょうか」
イーリス達は赤いレンガ造りの建物に入っていく。
中にはテーブルがいくつも並べられており、ほとんどの席が既に埋まっている。
奥の厨房では、料理人らしき人が忙しなく動いている。
二人は隅の方の空いている席に座り、すぐにウェイターが駆け寄る。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「水を二杯、あとベーコンピザを一枚頂けるかしら」
「かしこまりましたー」
シトリーが注文をして、ウェイターが立ち去る。
二人はお互いの顔を見て、ニコッと微笑む。
「ねぇ、今日も図書館に行ってもいい?」
「ええ、もちろんよ」
しばらく待っていると、テーブルにグラスに入った水と大きな一枚のピザが運ばれてくる。
とろりとしたチーズの上に、厚切りのベーコンが敷き詰められた、ボリュームのあるピザだ。
シトリーはそれを丁寧に切り分け、二人で分け合って食べる。
「あふっ、おいひい……」
イーリスは熱々のピザを、美味しそうに頬張る。
シトリーはその幸せそうな顔をニマニマしながら眺めている。
帝都の人間は獣人を初めとした亜人族の存在について、あまり良く思っていない人が多いものの、接客などにおいて差別するような事はしない。
何故なら、帝都に住んでいる亜人族のほとんどは、奴隷か誰かに雇われている身であり、もし差別によって不利益を与えてしまった場合には、雇い主が文句を言いに来る可能性があるからだ。
そして多くの場合、雇い主は金持ちか権利者である。
二人は昼食を済ませると、城の近くにある大きな図書館へと足を運ぶ。
世界的に見ても大きな図書館で、機密情報以外なら何でも分かると言われている程である。
外観は石造りで強固な外壁で覆われており、隙間はもちろん、窓もほとんどない。
本は日光に弱いため、雨風と日光から本を守るための建物という事なのだろう。
中に入ると、奥までギッシリと本棚があり、手前には読書用の長机がいくつも置かれている。
そして何より、とても静かである。
イーリスは奥の本棚から数冊の本を持ってきて、隅の席に座る。
シトリーもその隣に座った。
「今日も文字について教えてくれる?」
「もっちろん、喜んで教えちゃうわ」
イーリスは故郷で文字を使う機会がなかったため、この世界の文字を読む事が出来なかった。
しかし、帝都で住むようになってからは、文字に触れずに生きる事は難しいため、特に予定のない日はこうしてシトリーに文字や単語の読み方や書き方を教えてもらっていた。
図書館という場所の都合上、いつもはテンション高めのシトリーも、ここでは声を抑えている。
時は過ぎ、外は暗くなってきていた。
季節は既に秋になり、日が暮れるのも早い。
「うーん、夜になるの早いねぇ」
「そうねぇ、きっとすぐに冬になっちゃうわねぇ」
二人は一度宿に戻り、桶とタオルを手に持って、近くの銭湯へ向かう。
夜は混雑のピークを過ぎており、他の客が少ないため、あまり気を使う必要がない。
「ふぅ……あったまるー」
イーリスとシトリーは湯船に浸かり、全身の疲れを癒す。
「あらあらイーリス、また胸大きくなったんじゃない?」
シトリーが背後に回り込み、イーリスの胸に触る。
「ちょっ、やめてってばー」
「胸だけじゃない……筋肉もついてる?」
「そりゃ、体動かす仕事してるからね。シトリーは柔らかそうな体してて羨ましいなぁ」
「うーん、私も少しは体動かそうかしら……」
風呂を出て、宿に戻る二人。
シトリーは服を乱雑に脱ぎ捨て、ローブ以外を適当に丸め、ローブだけ丁寧に畳んだ後、クローゼットの中に押し込める。
イーリスはどこからか持ってきた革水筒の水を飲み、服を脱いで丁寧にクローゼットに仕舞う。
下着姿でベッドに潜り込み、布団から顔だけ出す。
穏やかな顔で目を閉じ、眠りにつく。
「シトリー、おやすみぃ」
「おやすみ」
シトリーがランプの炎を消す。
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