第23話 なつやすみ

 (ふう、海に来るのも久しぶりだな、本当はまたリヌ達と行けたら良かったんだけど……)


 アルベルは慣れた動きでスイスイと泳いていく。

 海の中には小魚の群れが泳いでおり、アルベルが近づく度に一斉に逃げていく。

 しばらく進み、海面から顔を出して後ろを振り返る。

 砂浜の方に、シトリーとイーリス、そしてもう一人、見覚えのある人影を視認する。


「む、あの人は……!」


 アルベルは向きを変えて泳ぎ、陸の方へと戻っていく。

 砂浜に上がると、そこには二人と談笑しているリリエッタの姿があった。

 彼女は赤いビキニを身につけており、青色の浮き輪を脇に抱えていた。


「やあ、久しぶりっ」

「これはアルベル殿、その節は申し訳ない……」

「気にすんなって。それで、リリエッタも遊びに来たのかい?」

「ああ、そろそろ夏も終わってしまうからな。海にはよく来るのだが、最後にもうひと泳ぎしておきたかったのだ」

「そっか、じゃあもし良かったらで良いんだけど、イーリス達にも泳ぎ方教えてやってくれないかい?」

「もちろん、喜んで」


 リリエッタは爽やかな笑みで快諾した。


「それはそれとして、キミ達は最近の“夜の傷跡”について知っているかい?」


 さっきまでとは打って変わって、真剣な表情でアルベルを見つめる。


「うん? よく知らないね、どうかしたの?」

「どうやら最近、ヤツは傭兵をターゲットに殺しをしているらしい。一週間ぐらい前だ、急に標的を変えてホワイトオーダーも対応に遅れてるようだ」

「なるほど、でも逆に討伐されたりされないもんかね?」

「実力があまりない傭兵事務所が襲われている傾向があるんだ。キミ達のところも実力は確かだが、設立して日が浅いからな、気を付けてほしい」

「ああ、忠告ありがと」


 リリエッタの忠告に対して、素直に感謝を述べる。


「……ふう」


 アルベルは三人から少し離れた場所に座り、海を眺める。

 水平線を見つめるその瞳は、どこか虚ろだった。


「幸せって何だろうな」


 ぽつりとそう呟くが、答える者は誰もいない。

 その掴みどころのない問いは、自分に向けられたものなのか、はたまた誰かに答えを求めているのか、アルベル自身ですらあやふやであった。

 そんな無意味な思考で時間を潰し、ふとイーリス達の方を見る。


「ほら、手を握っているからゆっくり泳いでみよう」

「う、うん……!」


 リリエッタはイーリスに、泳ぎ方を丁寧に教えてもらっているようだ。

 シトリーは何故かスイスイと泳いでおり、時折イーリスの様子を見に行っている。


「眩しいな……」


 アルベルはそんな様子から目を逸らし、再び水平線を見つめる。

 太陽は西に傾きかけている。


「んじゃ、俺ももうひと泳ぎしとくか!」


 勢いよく立ち上がり、再び海へ向かって歩き出した。



 そんなこんなで、海から帰って来たイーリスとシトリー。

 二人は宿に戻ってきており、各々のベッドに腰を下ろす。

 日は既に暮れており、ランプには火が灯されている。


「シトリー、まだ尻尾から塩が抜けないよぉ」

「そうねぇ、後でもう一度銭湯に行きましょうか」


 イーリスは神妙な顔で自分の尻尾を触っている。

 狐獣人の尻尾の長さはあまり長くなく、基本的に使い道がないため、筋肉が衰えておりあまり動かせない。


「さてと、今日の余剰魔力を処理しておきましょうか」


 シトリーはそう言いながら、テーブルの上に小指の先ぐらいの大きさの、小さな紫色の結晶を置いて魔力を込める。

 紫色の結晶は淡く光り、シトリーの魔力を吸収する。


「それで何個目だっけ」

「八十六個目ね、かなり溜まって来たわ」


 イーリスの質問に、シトリーが答える。


「じゃあ、もうそろそろだね」

「ええ、もうそろそろね」


 二人の顔が険しくなる。

 何かしら、二人が大きな事をしようとしている事は確かだった。

 そしてそれは、特にイーリスにとって重要な事であった。


「あいつで間違いないんだよね?」

「情報屋のリーク、関係者への誘導尋問、状況証拠、全てが裏付けてるから、冤罪の心配は無いわよ」

「そう、なら良かった……」


 どこか悲しそうな顔のイーリス。

 シトリーは優しく声をかける。


「怖い?」

「……怖いけど、それ以上に、誰かが死ぬのを見たくない。でも本当は分かってる、誰かがやらなきゃ、もっとたくさんの獣人が殺されるって事を」

「優しいのね、私はイーリスのそういう所、大好きよ」


 イーリスは寂しそうな表情で俯いた。


「……もしかして、アルベルの事気にしてる?」

「うん、寂しくさせちゃうなって思って」

「あいつ、結構優しいから、悪い事しちゃうわね」


 しばらくの沈黙の後、シトリーが再び問いかける。


「……もしかして、アルベルの事好き?」

「ちがっ、別にそういうわけじゃないからっ!」


 イーリスは顔を赤くしながら動揺している。

 シトリーはそんな様子を嬉しそうに眺めている。


「ふふっ、可愛い!」

「もう、シトリーの意地悪」

「契約書代、ちょっと多めに置いておきましょうか」

「……そうだね」


 イーリスは小さく頷いた。

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