第21話 パニック
その日、傭兵事務所フラグメントには、二件の依頼が入っていた。
「シーファー砂漠の盗賊討伐に、トラス平原東部でのドラゴン退治……執行予定日は明後日。どっちも遠いから明日には出発したいなぁ」
二枚の依頼書を眺めながら、アルベルはため息を吐いた。
「はぁ……とりあえずアイツら呼ぶか」
アルベルはシトリーとイーリスを招集する。
「はいはーい! 仕事の話ね?」
「それで、今度は誰と戦うの?」
二人共やる気十分、といった様子である。
「ああ、今回は同じ日に二件仕事が入っててな……」
そう話した途端、イーリスの顔色が悪くなる。
「ん? どうしたイーリス、少し顔が青いよ?」
「大丈夫、まだ大丈夫だから…………」
イーリスはひきつった笑みでやり過ごす。
「なら良いけど……それで、ニ手に別れて仕事に当たってもらおうと思ってるんだが、イーリス、お前一人でも大丈夫か?」
その言葉を聞いて、シトリーがイーリスに抱きつき、見た事もないような顔でアルベルを睨む。
イーリスは下を向き、尋常じゃない程の冷や汗をかいている。
「……イーリスはね、一人じゃダメよ、精神的にとにかくダメ、絶対よ」
アルベルはその反応が冗談の類いではない事を理解すると、頭を下げて謝る。
「す、すまなかった。そういう事情があるなら考え直すよ……そうだなぁ、俺がイーリスに同行しよう、シトリーは一人でもいけるか? 俺はむしろシトリーの方が心配だったんだが」
イーリスはアルベルの話を聞いて、少し顔を上げる。
「私の今までの活躍を見て、どこを心配してるの? 私は最強の魔術師よ!」
「いや、実力は十分あるのは分かってるよ。ただ、真面目に仕事してくれるかなぁってね」
「杞憂よ!!」
シトリーはアルベルの心配を一蹴する。
「なら良いや、信じるよ。じゃあシトリーにはシーファー砂漠の盗賊団討伐。イーリスは俺と一緒にドラゴン退治に行こう」
「……うん!」
イーリスは嬉しそうに頷いた。
そして二日後、馬車などを使って、一日かけてトラス平原の東側、魔王国との国境付近に来ていた。
「ねぇ、ドラゴン退治って普通は傭兵がやらない仕事だよね?」
「ああ、そうだね。ギルドに対して、色々融通が効くようになった代わりに、向こうからの依頼も断りづらくなってな……今回はドラゴンを倒せるレベルの冒険者がみんな別件でいないらしくてね、俺らにこの仕事が回されたって感じだ」
「へぇ、じゃあ私達って、結構ギルドから信用されてるって事?」
「まあそういう事になるかな」
何もない、緑一色の平原を東へ向けて歩いている。
空は青く澄み渡っている。
「その……なんだ、一人じゃダメなやつって、いつからなんだ?」
「えっと、私の住んでた村が焼かれてからだね。一人でいると、なんだかものすごい恐怖が、私の頭を支配するの……」
そう話すイーリスは辛そうで、どこか悲しそうでもあった。
「まあアレだ、俺も一緒にいる間は力になるからさ、何か困った事とか、悩みがあったら色々話して欲しいんだ。君達に頼られるのは俺も嬉しいからさ」
「ありがとうアルベル、頼りにしてるね」
その屈託のない微笑みに、アルベルは目線を逸らす。
「……任せておけって」
ふと空を見上げると、深緑の翼竜が空を飛んでいるのを発見した。
「アレって!」
「多分今回のターゲットだろうね、追うよ」
南の方へと飛んでいく飛竜を走って追いかける。
しばらく追っていると、前方に森が見える。
その飛竜は、森の奥に舞い降りたようだ。
「森か……ここはまだアドラ大森林に入ってないはず、よし行こうか」
アルベルとイーリスは森の中へと足を踏み入れる。
深く生い茂っていないものの、広葉樹が光を遮るせいで薄暗く、あまり遠くは見通せない。
「イーリス、音とかでどこにいるか分かったりしないか?」
「うーん、色んなところから小さな音がするから、分からないかも……」
「なるほど、つまり他にも魔物がいるかもしれないって事か」
薄暗い森の中を、奥へ奥へと進んでいく。
すると、前方に少し開けた場所を見つける。
草を掻き分け、その場合に出ると、背中を向けた深緑の翼竜、グリーンドラゴンの姿があった。
飛行している姿では分からなかったが、首の高さは周囲の木々を超えており、その鱗一枚一枚も巨大である事が見て取れる。
「でっかいなぁ……熟練の冒険者はいつもこんなの相手にしてるのか!?」
「ほわわわ、どうしよう、どうやったら倒せるかな?」
イーリスはその巨体を前に、驚きと困惑の表情を浮かべる。
「まあ、首を斬れば大体の生き物は死ぬだろう」
「うん、それもそうだね」
アルベルの適当な言葉に納得したイーリスは、自信に満ちた顔で剣を抜く。
その殺気に気付いた翼竜は、後ろを振り向き、アルベル達を視界に捉える。
「こっちに気付いたみたい!」
「さあ行ってこい! 危なくなったら逃げるんだぞ」
翼竜は体をこちらに向け、凄まじい咆哮を上げる。
「グオオォォォォ!!」
森が揺れ、鳥が飛び立つ。
イーリスは咆哮に怯む事なく、放たれた矢のように翼竜に向かって走り出した。
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