第20話 小さな炎

 アルベルの一声により、イーリスが前へ飛び出し、ノーラへと斬りかかる。


「速いですね! 流石獣人です!」


 ノーラはその一撃を片手で握った剣で受ける。

 そして、空いた左手をイーリスへと向ける。


火炎球ファイアボール!」


 イーリスは即座に反応し、間一髪で右に避けた。


「へー、無詠唱の魔法を避けられるとは思っていませんでした」


 しかし、イーリスが避けた方向には、剣を振りかぶったラングが待ち構えていた。


「せいやぁ!」


 その大ぶりの攻撃が、無防備なイーリスに向けられる。

 だが、その直前でシトリーが魔法を使う。


氷結槍アイシクルスピア


 地面からラングに向けて氷の槍が突き出る。

 ラングは重鎧を身につけているとは思えない身のこなしで、素早くそれらを避けた。


「私を忘れちゃ困るわ、流水刃アクアカッター!」


 シトリーに向けて、水の刃が放たれる。

 しかし、シトリーは素手で簡単にはたき落としてしまった。


 パリン……


 足元には僅かに氷の破片が散らばっている。


「え……一瞬で凍らせて叩き落としたって事?」


 ミュールは自分の魔法が容易く防がれた事に対して、動揺を隠せずにいた。


「落ち着け、まずは確実に一人潰すぞ」


 ラングの号令により、ミュール達は冷静さを取り戻す。


 今度は、ラングとノーラが同時にイーリスに襲いかかる。

 それと並行して、ミュールが再びシトリーに魔法を放つ。

 息が合わさった連携、並の相手ならば成す術はない。


「はぁぁ!」

「これで終わりです!」


 イーリスは挟み込まれる形で襲われるが、咄嗟にラングの懐に入る。


「甘い!」


 ラングは咄嗟に後退するが、それよりも早く、懐に張り付き、鎧の隙間に剣を通す。


「ぐぅ!?」


 その一撃に怯む事なく、剣でイーリスを振り払う。

 鎧の隙間からは血が滴っている。


「ラングさん! 大丈夫ですか!?」

「問題ない、腹に浅く剣が入っただけだ。まだ戦える」


 一方、シトリーにはミュールが放った無数の水弾が迫っていた。


 (水散弾アクアスプレッド……私のお気に入りの魔法、これなら凍らせても叩き落とせないはず!)


物理結界プロテクション


 シトリーがそう唱えると、彼女を包むように半透明の黄色い膜が張られる。

 それは、迫りくる水弾を全て防ぎ、すぐに消滅した。


「ウソッ、これも防ぐの!?」


 ミュールは自分の得意魔法を容易く防がれ、明らかに慌てている。


 (まずいな、獣人の魔術師だからと少し侮っていたが、ミュールの魔法が全く効いていない。俺も軽傷とはいえ、手負いの身だ。このままだと、全員死ぬかもしれんな)


 ラングは冷静に今の状況を分析する。

 だが、そうしている間にもイーリス達は攻撃の手を緩めない。


魔力矢射マジックアロー


 シトリーは魔法の矢を放ち、ミュールの腹を貫く。


「ゔっ…………!」


 ミュールはその場に膝を付き、血を吐く。


 (えっ……今、何されたの?)


 あまりにあっけなく倒され、理解が追いついていなかった。


「ミュール!」

「ミュールさん!!」


 ラングとノーラは声を荒げて呼びかける。

 イーリスがその隙を突くように、ラングに斬りかかる。


「ぬぅ!!」


 ラングは盾で攻撃を防ぐが、イーリスが攻撃の手を緩める様子はない。


 (ミュールもあの怪我では助からないだろう……ならばせめて!)


「ノーラ! お前だけでも逃げろ!!」

「でもミュールさんが!!」

「あいつは後で俺が助けておく、お前は先に逃げてろ! 足手まといだ!!」


 ラングの声は、今までで一番必死さが伝わってくるものだった。

 その表情は、鬼のように恐ろしく、どこか優しかった。


「……!!」


 ノーラは泣き出しそうな顔を隠すように、後ろを向いて走り出した。


「シトリー!」

「分かってる、逃さないわ」


 シトリーの足元から冷気が発生し、地面を凍らせていくが、ノーラは地面に生えている草を魔法で燃やし、その熱により冷気が吸われ、ノーラの足を凍らせる事はなかった。


「うおおおおおお!!」


 ラングは雄叫びを上げながらイーリスに斬りかかる。

 一見隙の大きい攻撃だが、懐は盾で守られており、正面から反撃するのは困難であった。

 イーリスは素早く横に回り込み、鎧の隙間に剣を突き刺す、今度は、より深く。


「くっ! ……あ…………」


 ラングは剣と盾を落とし、その場に倒れた。


 (ノーラ、どうかお前だけはこんな仕事やめて、幸せに生きてくれ。今まで共に戦えて良かった……)


 その思考を最後に、ラングは意識を失った。



 ノーラは長い長い海岸線を、後ろを向く事なく走り続けた。

 顔は涙でぐしゃぐしゃで、拭う事すらしなかった。


「はぁ……はぁ……うっぐ、はぁ」


 息も絶え絶えで、限界が近いのは明らかだった。

 小さな林まで辿りつき、木の下でへたり込む。

 そして、呼吸を整えて顔を上げる。

 汗と涙で汚れた顔、しかしその目には……髪と同じ赤い瞳には、何かが宿っていた。


「……つらは…………あいつらは、私が絶対、絶対に殺してやる!!」


 この日、新たな復讐の炎が静かに燃え始めた。


◇◇◇

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