第2話⑧ 心の寂しさを埋めるものは
「……アオさんだってそうじゃないんですか」
不満そうに、拗ねたように、頬を膨らませ、そう言うハナさん。いやその態度もあざといし可愛いしなんなの。
もちろん、問いそのものはそこそこシリアスで核心を突くものでもあるのだが。
「それは―――――」
当然、俺にはそれを否定することはできない。
このままずっとぼっちのまま死んでいくんだとしたら―――――――
今はまだしも、これから人生の後半、どうなってしまうのか――――――――
恋愛どころか人付き合いにも消極的で、仕事とか物理的な作業ならともかく精神的に負荷のかかるコミュニケーションにはとにかく億劫な俺が、曲がりなりにも行動を起こしてみたのはこの恐怖感と焦燥感ゆえだったからだ。
友達はゼロでこそないが、少ない。仕事以外に所属しているコミュニティもない。数少ないオタク趣味も、ほとんどぼっちで楽しんでいるだけでサークルどころかネットの集まりにさえ参加していない。
一人は気楽だ。それは間違いない。でも時折、自分があまりに空気で、なぜ存在しているのか分からなくなる時がある。……特に幸せそうなカップルや家族連れを見た時とか。単なる妬みや恨みだけでは済まない空虚感と絶望感。
いっそ、俺がそういうありきたりでありふれたものに幸せや羨望を一切感じられないサイコパスなら良かったのかもしれない。
だが、俺はそうじゃない。普通の……いや、現代の多種多様な世間一般から見れば十分すぎるほどしっかりとした家庭で育った。小さい頃から姉貴とは一緒にゲームして負けるたびに喧嘩し、親父とはよく家の庭でキャッチボールをし、母親には口うるさく言われながら家事の手伝いをし、年に1回は家族旅行をして、高校も大学も自分の希望通りの道に進ませてもらった。コミュ障な俺がどうにか人並み以上の職につけたのは、家族のおかげと言っていい。
だから、俺も幼い頃は当然のように両親と同じような生き方をするものだと思っていた。
いつからだろうか。
『あ、俺には普通の幸せなんて無理かも――――』と予感し始めたのは。
複雑な生い立ちでも、貧しい育ちでもないのに、普通にさえ手が届かない。そう気づき始めたのは。
いったい、何のために生きてるのか―――――――
「……アオさん?」
どのくらいぼうっとしていたのだろうか。ハナさんが心配そうに俺の瞳を覗き込んでくる。そして、申し訳なさそうに謝ってきた。
「す、すみません。いきなり口が過ぎました。気を悪くしましたよね。ごめんなさい……」
俺は慌てて手を振る。
「い、いえ。怒ってるわけじゃないですよ。実際その通りだなって色々と考えちゃって。俺も一人が好きなはずなんですけど、それだけじゃないから婚活始めたんだった、とか。我ながらめんどくさい性格だなーとか。はは……」
おい、何言ってんだ。それくらいでやめとけって。引かれるだろ。
俺はごまかすために話を逸らした。
「で、でも、はっきりとそんなこと言うなんて意外ですね」
「意外? なんでですか?」
……なんで引かれちゃダメなんだ? 元から痛くてダサい男だろ、俺は。今さら彼女相手に取り繕って何の意味がある?
「よく聞くじゃないですか。男は独身のままだと寂しくて自分は不幸なんだと思っちゃうけど、女の人は友達も趣味も多いし、なんだかんだ結婚しなくても人生楽しんでるって」
実際、その手のアンケート調査もあったはず。この間仕事の関係で調べたから間違いない。ああ、そういえば、男は全体的に不幸だが、オタク趣味のある男だけはほかのカテゴリーに負けず劣らず幸福だというデータも見たな。
おかしい。俺オタクなのになんで幸せじゃないの?
……話が逸れた。なぜ仕事でそんなことを調査したのかは後々。機会があればだが。
俺が冗談交じり(つまり半分以上は本音交じり)にこう言うと、ハナさんはまたもや口を尖らせた。
「確かに周り見ても、独身でも人生謳歌してる女性はたくさんいますね。……でも、私はそういうタイプじゃない……というか自信がないです」
「……まあ、そういうのも向き不向きありますよね、たぶん」
それでも、無趣味な男よりははるかにマシだとは正直思ってしまったが。
しかし、彼女は首を左右に振った。
「いえ、そういうことじゃありません」
「?」
「自分をだまし続ける自信、です」
「………だま、す?」
かすれたような間抜けな声が漏れただけだった。なぜか胸が痛い。刃を心臓……いや、肺に突き立てられたみたいな。
「私だって別に今の時代、結婚イコール幸せだなんて思っていません」
「……えっ」
「って、言い切れないんです。何より私自身が。いくら趣味が楽しくて、友達がたくさんいて、SNSでキラキラした幸せアピールしてみても、自分で自分のことをだまし続けられる自信がないんです。だって、家族でワイワイ生きてきたの、そりゃ色々あったけど、楽しかったら。幸せだったから。お父さ……父と母みたいになりたいって小さい頃から思ってたから」
「…………」
「こういうのも、イマドキお姫様願望とかシンデレラ症候群って言われちゃうんですかねー。あはは……」
ハナさんはそれこそ寂しそうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます