第2話⑨ 与えられるものではなく作り上げるもの

 お姫様願望……シンデレラ症候群……。

 いや、このくらいはさすがに……。


「……いえ、そんなことはないですよ。ごく普通の、願いだと思います」

「普通……。そうですよね……」


 いやヘタクソか。


 自分で言っておいて、まったくクソすぎるフォローだと思った。

 なんだよ。“普通”って。おまえはそれを正確に説明できるのか。


 多くの日本人が逃れられない、“普通”という呪縛の言葉。


 “普通”というモノの定義が曖昧になってきているのに。みなの思い浮かべる“普通”が同じモノではなくなってきているのに。“普通”の標準偏差が大きくなってきているのに。平均値と中央値のズレがどんどん広がっているのに。


 なのに、俺たちは“普通”を求める。いくら価値観が多様化したと表面的には言っても、実際にはまったく変われていない。

 世間一般から見た(と勝手に定義された)平均値から外れないために。仲間外れにされたり、白い目で見られたり、陰口を言われたりしないようにするために。

 結婚などその最たるものだろう。


 俺はどうにかさらなる言の葉を捻り出す。


「あー……でも、あなたならそんなありきたりな幸せもすぐ掴めると思いますよ?」


 俺はあえて、今時炎上しかねない『ありきたり』というワードをチョイスした。

 ……彼女がそう言って欲しそうだったから。“それ”を特別視しては、選ばれた人間だけが辿り着ける場所にしてしまってはいけないような気がしたから。


「なぜそう思うんですか? ……これでも結構苦労してるんですけど」

「あ、いや、それは……」


 だってあなた、美人じゃないですか。しかも掛け値なしの。

 そう口に出せないヘタレだから俺はダメなんだろうか。や、でもセクハラとかルッキズムとかに厳しい時代だし……。情けない俺は言い訳だけが先立つ。


 だが、少なくとも俺などよりは遥かにゴールに近いのは間違いない。1+1=2という数学の真理に限りなく近いレベルで。100人に聞いたら100人が俺ではなくハナさんと答えるだろう。


 結局、俺は容姿のことには踏み込まず。


「ハナさんって穏やかで人当たりのいい感じじゃないですか。職業も考え方もしっかりしていますし。まあ確かにちょっとザンネ……や、変わっているところもありますけど、9割以上の男は許容範囲内だと思います」

「なんか微妙な評価も聞こえましたけど……まあいいです」


 まんざらでもなかったのか、ハナさんは頬を緩めながら紅茶に口を付けた。


「……うちの両親って見合い結婚だったらしいんです」


 話がいきなりウサギみたいに飛んだ。しかし、そのちょっと驚きの内容に、逆に俺はついていける感想を述べていた。


「え? ホントですか? ハナさんがそんな綺麗なのに? なんか意外……」

「……なんで私が綺麗だと意外なんですか」

「や、だって、こんな美人のご両親なら、お二人もまたすごく美しいってことでしょう? なら大恋愛の末……みたいな感じっぽいじゃないですか」


 あくまでイメージだけど。俺らくらいの年齢の親なら恋愛結婚のほうがすでに主流になっていたはず。まあ、両親そろって地味でモテない俺ん家も見合いだったらしいけどね!


 なんてまったくもって不要な情報を思い返していると、なぜかハナさんはしどろもどろになっていた。


「あの……」

「え?」

「そ、そんなに綺麗とか美人とか連呼しないでいただけると……」

「あ」


 やべ。結局言っちまった。気をつけた意味ない。

 ハナさんは居心地悪そうにその長めの髪をくしくしといじっている。いや、言ってほしくないならそういう可愛い仕草しないでほしいんですけど。


『いや、それ色々と自覚があるゆえのリアクションですよね?』と、そのあざとさに思わず一言物申したくなってしまう。


「……でもハナさん、そういうこと言われ慣れてそうじゃないですか。改めてそんなに照れなくても」


 こういう時にただただ可愛いとだけ思えない捻くれた性格の自分が疎ましい。この斜に構えたところが俺がモテない大きな理由の一つだろう。わかっちゃいるんだけどさ。いや可愛いと思っているのは何一つ嘘などないのだが。


「……それはまあ、結構言われはしますけど」


 言われるんかい。


「でも、そういうことを平気で言う男の人はいかにも“言いそう”なタイプばかりです。アオさんはそういう感じじゃないから不意を突かれたといいますか……」


 まったくもってその通りだ。俺はそういう感じじゃない。


「……それとも、案外普段からそういうこと誰にでも平気で言ってるんですか?」


 何を言っているんだこの人。

 あと、普段からとか誰にでもとか平気とかの枕詞も意味がわからない。


「言うわけないでしょう。俺、お世辞とか建前とか出まかせとか苦手なんです。いや、それどころか本音だってよっぽどのことがなきゃ口にしないです。第一、得意だったらこんなところにいませんって」

「え」


 ハナさんはその大きな瞳をぱちくりさせる。

 さっきまではジト目で不満そうだったのに、今度はなぜか出し抜けに打たれたように固まっていた。


「……ってあれ? 結局何の話でしたっけ?」


 俺は首を捻る。

 すると、ハナさんはなぜかコホンコホンとわざとらしい咳払いを数回繰り返した。ホントどうしたんだ?


「……そうでした。話を戻します。つまり、私が言いたいのはですね、私が幸せに育ったのは、見合い結婚だった両親がお互いを知らないところからちゃんと距離を縮めて、価値観の違うところはすり合わせをして、きちんと家庭を築く努力をし続けてきたということです」

「? それはそうでしょうけど……。でもそれが?」


 まあ、それについては俺の両親も同じだろう。喧嘩も腐るほどしていた記憶もあるが。

 

「……こんな私にそれができると思います? なんだかんだで相手に色々条件つけて選り好みしている、ワガママな私に」

「――――――――」

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マッチングアプリで出会った(?)残念美人と婚活を共闘してみた 新森洋助 @no1playerw

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