第2話⑦ 出会いは職場の外で
「手当たり次第ってのが一番ダメなやつですからね~。どちらからの評価もダダ下がりで二度と相手にしてもらえなくなりますよ~♪」
「しませんから!!」
ハナさんはあざとく指を振りながらそんなセリフをのたまう。思わずもう一度シャウトツッコミを入れてしまった。
……なんかいきなり疲れた。
俺は心を落ち着かせようと注文したブレンドを一口につける。うん、美味い。苦味の強いコーヒーもまた一興。別に甘い物しか受け付けないわけじゃない。
「……まったく。何言ってるんですか。そんなリスキーなことするわけないでしょ。職場での居場所なくなっちゃいますって」
「でも虎穴に入らずんば虎子を得ず。危ない橋も一度は渡れ。何かを手に入れるためには何かを犠牲にしなければならない。傷つくの恐れて何もしないのはめっ、ですよ♪」
いやどっちだよ。あと等価交換の原則じゃあるまいし。
「いやどっちだよ」
あ、やべ。声に出ちゃった。
すると、ハナさんはふふっと微笑み、続けた。
「残念ですけど、それは私にはわかりませんよ。そばで見ていたわけじゃないし。……いえ、違いますね、目の前で目撃していたとしても、です。私はその後輩さんたちじゃないし、その人の気持ちはその人にしかわかりません」
「……一応聞きますけど、その気持ちって何のです?」
「もちろん、アオさんのことがまんざらでもないか、そうでないかですよ」
「…………」
あの二人が……?
しばし考える。いや、実のところ悩んだのは刹那に過ぎない寸刻のこと。
「ないですね」
結論は即座に出た。そうだ。そんなことはまずない。妄想する余地すらない。
「言い切りますね。……なぜですか?」
ハナさんの瞳に見え隠れするのはわずかな疑念の色。そして、『いやさっき人の気持ちなんてわからない』って言ったばかりでしょ? という非難の色。
「俺は別に職場においてもそこまでの存在じゃありませんから。それに……もし。仮に。仮にですよ? 多少彼女たちから信頼があったとしても、それは俺が『他人に干渉しない奴』ゆえの結果論だと思いますから」
「? どういうこと?」
「俺は後輩たちにとにかく余計なことを言わないように気をつけているんです。仕事で怒ったり口やかましく指導したりしないように意識してますし、プライベートには絶対に立ち入りませんから」
だから、俺は似鳥のことも渡良瀬さんのことも何も知らない。どこに住んでいるのかも、何が趣味なのかも、将来どうなりたいのかも。彼氏の有無とか結婚の予定なんてもってのほかだ。強いて言うなら二人とも俺と同じく甘い物が好きというくらい。
「要はウザくない、安パイだからほかのめんどくさい上司や先輩よりはマシ。そんな感じだと思います。一見オープンであっけらかんとしてる似鳥のほうも、別に自分のことを俺に話したりしないですし。だからそういうことでしょう」
つまり、俺には自分のことなど知られたくないということだ。フレンドリーに見えるだけで、実際には俺になど近づいてきてほしくない。そう推し量れる。
俺の推論を聞いたハナさんは、
「ヘタレですねー、アオさんは。実際に確かめてみなきゃわからないじゃないですか」
そんなキツい物言いとは程遠い、どことなく複雑なアンニュイな表情を見せた。
「……なんて言えたらいいんですけどね。今の世の中とか職場の雰囲気的に難しいですよね」
「まあ、俺の場合は世の風潮とか関係ないですけどね。うちの会社でも別に職場恋愛がゼロってわけじゃないですし、うまくやる人はやるんじゃないですか」
コミュ力に秀でていて、他人との距離の測り方も取り方も縮め方も器用なら。そしてイケメンなら。
しかし、俺のような男では空気読めなくてイタい、後ろ指差される毒男になるだけだ。
だから、余計な感情を持ち込むことも、気持ちに隙を作ることもしてはいけない。ただ、仕事に関することだけbotし続けるアプリになりきらないといけないのだ。
俺のような存在に、仕事を離れたところでの感情など求められていない。それを決して忘れてはならない。
……まあ、じゃあこんなヤツが婚活なんてうまくいくの? と問われたら答えに窮するしかないのだが。
ハナさんは静かに目を伏せる。
「……でも、日頃一番顔合わせる頻度が高い人たちなのに、そういうの、少し寂しくないですか 」
「それこそ、そういう言葉、迂闊に職場で口にしないほうがいいですよ。勘違いする男がワラワラと湧いてきますから」
基本的に、仕事は仕事、職場は職場、プライベートはプライベートと割り切っているのはどうみても女性の方が多い。そして最近は男もその空気を読んでおとなしくしているような印象だ。そこに彼女のようなタイプを野に放ったら、まさにライオンの前にウサギ、ネギをしょったカモになってしまうぞ。主にチャラ男とかおじさんを中心に。
「寂しがり屋なんですね。ハナさんは」
ちょっとだけやり返してみた。さっき結構言いたい放題言われたからね。
しかし―――――
「……寂しがり屋じゃなかったら、孤独に耐えられるような性格だったら、婚活なんて始めてません」
彼女はムスッとした表情でぼそりとつぶやいた。
「……アオさんだってそうじゃないんですか」
―――――――――。
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