第2話⑥ 穂乃華が答える職場のお悩み相談室
「え、何ですかそのリアクション。あ、いや、つい仕事の愚痴になってしまったのは申し訳なかったですけど……」
つまらないとかウザかったという話ならわかるが、楽しそうって……。しかも婚活必要ないって……。
「だって、愛想がよくてフレンドリーな後輩さんと、堅いけど真面目で自分に信頼を寄せてくれる後輩さんに囲まれてるんですよねー。いいなー。妬ま……羨ましいなー」
三白眼から一転、ハナさんはニコニコとした表情で言った。…おい、今なんて言いかけた?
「……俺の話聞いてました? どこをどう取ったらそうなるんです?」
似鳥といい、女性の会話の解釈には俺じゃついていけない。
やっぱり俺じゃ婚活なんて無理かも……。
×××
というわけで、カフェで合流した俺とハナさんは改めて自己紹介、そして自身の職業について情報交換した。婚活において、職業は戦略と戦術を立てるうえの最重要事項と言えるだろう。特に男は。悲しいけどね。
その人の学歴、収入、価値観、育ち、身分etc……。あらゆる要素が職業というものに凝縮されているといっていい。
ただし、勘違いしてはいけないのは、女性にとって職業は足切り要素でしかなく、別に加点にはならないということだ。いや、芸能人とかスポーツ選手とか医者とかベンチャー経営者とかなら違うのかもしれないが。就活でいう学歴フィルターに近い。
ちょっと大手に勤めてるとか、ちょっと同年代より給料をもらってるとかじゃまったくプラスにならない。そこを俺は勘違いしていた……というか舐めていた。だって、煽りのネット記事だと女性の求める年収は30歳で500万とかよくあるじゃん! それで理想高すぎって炎上してるじゃん! 逆に言えば、そこをクリアしてればチャンスよりどりみどりって勘違いしちゃうじゃん!
でもそうじゃないのだ。そこはあくまで最低ライン、書類選考でしかなく、そこからイケメンだったり会話が面白かったりスマートに女性をリードできたりしないと面接に合格できないのだ。なにそれ無理すぎる。俺、就活じゃやっとのことで今のとこしか内定もらえなかったんだぞ……。
俺は(一応)大手銀行のリサーチ系の子会社に出向という形で籍を置いているとハナさんに説明した。一方のハナさんは、ウェブ関係のデザイナーの仕事をしていて、最近、起業した先輩(女性らしい)に引き抜かれてそこで働いているらしい。イラストを描くのも得意だとか。彼女の風貌から見て何となく腑に落ちるというか、納得してしまった。
そんなこんなでお互いに仕事のことを話しているうちに、気がつくと愚痴のよう話題も出てきてこの話になったわけだが――――。
最初は興味深そうに聞いていたハナさんは、いつのまにかしらーっとした視線を俺に向けてきて、冒頭の話へと至るのだった。
×××
「……俺は今時の若い子、それも女性と接するのは難しいって話をしてたはずなんですが……」
俺はこめかみに指を当てた。頭痛が痛い。婚活の前に職場の悩み相談みたいになってしまったのは申し訳なかったが、何となく彼女なら有用な答えをくれる気がしたのだ。ちょうど似鳥や渡良瀬さんと同年代とのことだし。でも失敗だったか。
……いや、それ以前になぜ俺はこんな話をまだ会って二回目の女性に打ち明けているのだろう。
……深く考えても仕方ないか。こういう悩みは距離が遠い人間のほうが案外話せたりする。バーのマスターに酔っぱらいながら延々と愚痴を垂れ流すと似たようなものだ。
って、ハナさんもこの前そうだったな。だから気にしない。変なことなど何もない。
俺は自分にそう言い聞かせる。
ハナさんも感想こそおざなりではあったが、内容にはきちんと耳を傾けてくれているのは伝わってきた。やはり聞き上手な人だ。
俺の言葉に、彼女はプッと噴き出す。
「今時の若い子って言い方がおじさんみたいですよ。でも、第三者の私からすると、そこまで深刻に捉えるような話でもない気がしますね。ちょっとした大人のほろ苦い青春エピソードの一幕くらいにしか聞こえません」
「いや青春って……」
俺、わりと真剣なんだけど。今時職場の異性なんて、気を遣い過ぎても遣い過ぎることはない。どこに地雷が埋まっているかもわからない(この件などまさにそう)し、こっちが自覚ないままにいきなり背後から刀で斬りつけられてもおかしくない。リスクばかりが高まる職場の人間関係。
あと、俺にとって青春という言葉は二番目に遠いものです。一番目は恋愛。
俺の返答に苦笑いを浮かべたハナさんは、少しかみ砕いた説明をしてくれた。
「本当に嫌なら、その後輩さんたちもアオさんに露骨に冷たい態度取るか、表面上笑顔でも心の内はしっかりきっかりシャットアウトすると思いますよ。まあ、職場だと前者なら角が立ちますから後者の対応が一般的でしょうか。女なんてそんなもんです」
何それ怖い。B級スプラッタ映画より怖い。そういうアドバイスが欲しかったわけじゃないんですけど。
「お聞きしてる限り、少なくとも、その似鳥さん?も渡良瀬さん?も、アオさんにはある程度本音を晒したりぶつけたりしてるみたいですし、何もかも拒否するという感じでもないのかなと。なので、今のまま接してあげれば大丈夫なんじゃないですかね。勘ですけど」
勘なんかい。それに、コミュ力に劣る俺にまったくその自信はない。
しかし、ここでハナさんはさらにニコッと笑みを深くし、あざとくペロッと舌を出した。
「あ。でも。ここで『俺って信頼されてるんだー』って勘違いして舞い上がってどちらか、または両方にアタックするのが一番の悪手ですよ。ドン引きされてあっという間にセクハラ通報窓口へ一直線です♪」
「しませんから!!」
あと両方って何さ!?
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