第1話⑩ 一緒に戦ってくれますか?
「えっ――――――」
俺が明確に拒否の意志を申し入れると、ハナさんのその綺麗な美貌が雷に打たれたように硬直した。
その明らかにショックを受けている表情に、俺も胸の内がチクリと棘が刺さる。
「あ、あはは……。そ、そうですよね……。こんなわけわかんなくてイタい感じのお願い、ムリに決まってますよね…! す、すみません、調子に乗っちゃって。い、今のは忘れてください…!」
そして、彼女はにへらと取り繕ったような笑みを浮かべる。
……何でそんな傷ついた顔するのさ。俺なんかが断ったくらいで。あなたならいくらでも代わりは見つかるでしょう?
何となくバツが悪くなって、気がつけば俺はその理由を口にし始めていた。
「い、いえ、言い方がストレートすぎましたね。俺も、ハナさんの申し出自体に興味がないわけではないんです。確かに、男と女で違う視点とか持っている情報を交換するのは有益だし、チャンスは広がるだろうなって思います。いいアイデアです」
「だったらどうして……」
「……俺とあなたは対等じゃないから」
「……えっ?」
「俺とあなたでは、互いに与えられるメリットの量が違い過ぎるんです。俺はハナさんみたいな女性が教えてくれる内容なら何でもタメになりそうだけど、俺はあなたにプラスの情報なんてほとんどあげられない。いい男の仕事も、趣味も、思考も、女性へのスマートさも、俺じゃロクにわかりませんから」
そうだ。俺では彼女の求める要求の水準に応えられない。
「こういうのって、ギブアンドテイクでしょう? ギブとテイクが釣り合ってなければ契約は成り立たないですよ」
俺は一息でここまで説明していた。自分でも情けない告白に、早口になってしまっていた。
すると、ハナさんは俺の顔をまじまじと見た後、やけに長い溜息をついた。しかも「はあー……」と俺に聞こえるようなわざとらしい感じで。
「アオさんって……」
彼女はそこで歌唱のようなブレスを一度挟み、
「思ってたより、ザンネンな人なんですねー」
呆れ切ったぼやきを放った。
ハナさんのはっきりした物言いに、俺は少なからずダメージを受ける。
でも、それは事実なのだから否定はできない。
「そ、そうですよ。俺は残念なんです。だから――――――」
あなたの役には立てない。
そう繰り返そうしたところで―――――――
「そ・う・じゃ・な・く・て!」
ハナさんはうつむく俺の顔を覗き込んできた。その表情にはなぜか怒気が多分に含まれている。
「そんな対等じゃないとか釣り合ってないからとか、しょうもないことを気にしてることです」
「な…!? しょうもないって…!」
かなり大事なことだろ!?
「しょうもないですよ。だって、私はあなたと対等で、釣り合っていると思ったからこの提案をしたんです。でなきゃこんなこと言わないです。前提からして破綻してますよ」
「いや、だからそれがあなたの俺に対する買い被りで…」
「買い被りかどうかを判断するのはあなたじゃなくて私でしょう? 婚活と同じじゃないですか。あ、いや、それに失敗してばかりいる私じゃ説得力に欠けちゃうかもしれませんけど…」
さっきまで強気だったのに、彼女はここで尻すぼみになってしまう。たははと気まずげに頬を掻いた。
でも、その強い眼差しは変わらない。
「私がアオさんから聞きたいのは、そういう男性が表面的に女に求めているものだけじゃないんです。ほらさっきも、私がモヤモヤしていた気持ちをうまく整理して口にしてくれたじゃないですか。そういう……こう、何て言ったらいいのかな……ものの見方というか、本質というか…相手に求めるものの中で大事なことを教えてくれそうというか。……私、男の人と本気で価値観とかぶつけ合ったことってないから」
なんだそれ。それこそ過大評価にもほどがある。俺こそ、女性相手に本音を見せたことなんてほとんどない。
やがて、ハナさんは自分がやたら恥ずかしいことを口にしたと自覚したのか、酒で赤くなった顔をさらに朱に染めて言った。
「と、とにかく! 私は私なりの打算があってあなたにお願いしているんです! 自分の価値を自分で勝手にディスカウントしないでください!」
「…………」
「そ、それに! あんまり自虐的で自信ないところ見せると女はガチで引きます! これはめっちゃ悪手です! 次会う人にはぜったい、やっちゃダメでやつです!」
「次……」
次、あるんだろうか。俺に。
ぽけっとしている俺に、ハナさんは慌てふためいた様子で続けた。
「そ、そうです! そ、そしてこれで貸し借りナシです!」
「……へ? 貸し借り?」
「アオさん、さっき私に『男へのジャッジシビア過ぎ。身の程弁えたら?』って、きつーいアドバイスくれたじゃないですか! そのテイクに対するギブです! ほら対等でしょ!?」
「え。ちょ、ちょっと待って。俺そこまで言ってな……」
「……それで、どうしますか?」
「え」
「私は言いたいことは言いました。そのうえでもう一度だけお願いします」
「―――――――――」
「アオさん。私と一緒に、この辛い戦いを戦ってくれますか?」
そこには、美しくも戦場に出る覚悟を決めた女兵士の凛々しい顔があった。
俺は―――――――――
ここまでがオープニングです。少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。
次回から第2話です。
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