第1話⑨ 敵を知り己を知れば百戦危うからず?

「わ、私と一緒に、星を目指しませんか!?」


 ……は? 星?


 唐突すぎるハナさんのこの電波発言。前後関係も脈絡もまるでない。

 ……いや、マジで何言ってんのこの人?


 婉曲的な告白とか……? 毎日お味噌汁作ってくれませんか的な。……いや、んなわけないな。状況的にも俺の人間性的にもありえない。


 というか、今時そんなプロポーズしたら360度から叩かれて炎上しそう。社会人の男はいつも女に対する実発言とSNSのつぶやきには気をつけないといけないし、初デートにサイゼに誘ってもいけない。……サイゼ、安くて美味いのになあ。いや、さすがに婚活での出会いにサイゼに誘ったことはないが。

 なんて俺まで現実逃避してしまうくらいにはドン引きしていた。

 

 やっとのことで我に返る。

 ……これ、ひょっとして何かの勧誘だろうか。宗教とかねずみ講とか。今世間を賑わせているアレな感じの。


 え……俺、またこんな目に遭うの? いい人だと思ったのに。やっぱり、俺に優しくしてくれる人ってみんなこんなもんなの?


 俺が心理的に……というだけでは物足りず、物理的にもハナさんから距離を空けようと椅子を引くと、彼女は悲鳴のような声を上げた。


「ちょ、ちょっと! 何でそんな露骨に引くんですかぁ!」

「だ、だって……」


 そりゃあそうでしょ。突然そんなポエム唱えられたら。パルプンテより何が起こるかわからない。

 しかし、ハナさんは不満そうに口を尖らせるばかりだ。


「さっき、『星には手が届かない』なんてポエミーなセリフを先に言ったの、アオさんじゃないですか。なのに私のほうがドン引きされるとか心外です」

「…………」


 なぜか俺のせいになっていた。いや、俺もあなたの『男なんて星の数ほどいる』って言葉を受けて発言しただけですけど……。


「えっと、つまり……?」


 結局どういうことだってばよ。


「んもう。アオさん、ちょっと察しが悪くないですかー?」


 ハナさんはちょっと怒った表情で言う。いや、わかるわけないでしょ。そもそも察しが良かったらずっと独り身じゃない。

 ……なんて言いたかったが、彼女の『んもう』が年のわりにやけに可愛らしくて、文句は喉の奥に押し込められてしまった。ずるいよな、美人って。


 そして、彼女は出会ってから初めて見せたと言っていい、とびきりの笑顔で言った。


「つまり、二人で協力して婚活しましょう! 共闘です! 共闘!!」



  ×××



「えっと……もう一度言ってもらっていいですか? 俺の聞き違いかもしれないので」


 俺はこめかみを押さえながら聞き返す。


「だから、私と、あなたで、婚活を、協力、し合うん、です」


 ハナさんは自分と俺を一度ずつ指差し、一つ一つ文節を区切って丁寧に繰り返した。

 やはり聞き間違いなどではなかったらしい。


「一応聞きますが……なぜそんな提案を?」

「それはもちろん、婚活を成功させるためですよ。決まってるじゃないですか」


 や、そりゃそうだろうけど。

 ハナさんはぽつりぽつりと説明を始める。

 

「アプリで出会いを探して改めて思ったんですけど……婚活って恋愛とは違いますよね?」

「……まあ、そうでしょうね」


 そりゃ、自然な出会いと同じように引かれ合うカップルをいるのかもしれない。

 しかし、いくらネットを使うとはいえ、基本的には昔のお見合いと同じだ。気持ちよりまず条件。顔にしても年収にしても職業にしても生まれにしても。だから……


「……好きな人に出会いたいとか、素敵な恋をしてみたいとかって気持ちでやるものじゃないんですよね、きっと。というか当然、ですけど」


 俺が考えたこととほぼ同じことを、ハナさんは口にした。チョイスした単語は彼女のほうがずっとロマンチックだったけれど。


「……ですね」


 その時の彼女の声のトーンが沈んだことには気づいたが、俺はそれには触れなかった。ただ、言葉少なに同意だけはしてみせる。


 そしてハナさんはグッとぞいのポーズをして続ける。今度は努めて明るい声を出そうとしているかのようだった。


「だとすれば、少しでも自分と合いそうな人を見つけるために必要なのは、傾向と対策! 敵を知り己を知れば百戦危うからず、ですよ! お互いに情報を交換して、ニーズを分析して、心理を勉強するんです! そうすれば成功率はグッとアップするはずですよ!」


「……相手は敵じゃないんだけどなあ」


 なんてぼやいてはみたが、確かにハナさんの主張は正論でもあった。

 婚活戦線は弱肉強食の自由市場。陰キャでフツメン未満の歩兵がただ闇雲に、竹槍だけ持って戦場に突っ込んでもなすすべなく爆死してしまう。それを思い知った半年間だった。


 本気でやるなら、手に入れたいと希うなら、戦略と戦術が必要だ。そのためには情報も技術もいる。それを女性である彼女が提供してくれるというのだ。悪くない……というより、願ってもない申し出である。下手すれば付き合ってもらえるよりも大きなことかもしれない。


「おっしゃりたいことはわかりました。すごく面白い提案だし、正直俺みたいな男には非常にありがたい申し出です」


 言うと、ハナさんの表情に喜色満面な笑みが浮かぶ。


 ………。


 でも、だからこそ―――――――


「でも、すみません……。残念ですが、お断りします―――――――」

「えっ――――――」


 だからこそ、俺はこう答えるしかないのだ。

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