第50話 本番前の緊張
ライブの時間が近付いてきたので、俺たちはライブ会場となる場所に向かっていた。
会場は外から見たらドームなのだが、中に入ると天井が開いており、そこには夜空が広がっていた。
席はステージを囲むように2階まであり、それら全てが指定席となっていた。
その席には、子供、大人、そしてお年寄り達が席に座っていた。
空席も続々と埋まってきており、大勢の人がこのライブを楽しみに来ていることが分かる。
「うわー、人がいっぱいいるよ!」
「こんなたくさんの人そうそう見ないわよ・・・」
2人ともあまりの人の多さに、圧倒され動けないでいた。
俺はそんな2人の背中を押すことにした。
「ほら、2人とも。早く席に行こう!」
2人は、立ち止まっていたことに気付いたようだ。
「えっと・・・座席番号見る限りだと、あそこらへんだと思う!」
俺は、真ん中より少し後ろの席を指差す。
「前じゃないんだね」
「そりゃあ、ライブがあるのに気付いたの遅かったからな」
こればかりはしょうがない。
指定された席に行くと、プラスチックで出来たそれほど良いとはおもえない座席が俺たちを待っていた。
まぁ、創立100年の遊園地だしこんなものか。
俺達は固い座席に腰を下ろし、ライブが始まるその時まで待つことにした。
予定では後30分ほどで始まるようだ。
そこで俺はスマホに着信があることに気付く。
スマホを見ると、咲良ちゃんからメールが来ていた。
内容から察するによっぽど緊張しているようだ。
無理はないだろう。
ライブが始まる前に楽屋に顔を出しておいた方がいいかもしれない。
そう思った俺は、2人に声をかける。
「ごめん2人とも!俺うんち!」
里奈は顔を赤らめる
「えっ?ちょっ、さいてぇ~」
「もうカズ兄!早く戻らないと始まっちゃうよ!」
「ちょっと長めの出るかもしれないから、少し遅くなる!」
俺はそう言うと座席から立ち上がり、会場の横のドアから出て楽屋に向かうのであった。
こうも広いと移動だけでも時間がかかるな。
俺はぼやきながら歩いていると、スタッフ専用ルームと看板が出てきた。
俺はその看板に沿って歩いていると、それぞれ参加者たちの待合室まで来ることができた。
さすがに、警備が甘過ぎじゃないか?
俺は誰にも呼び止められることなく、楽屋まで来れたのだ。
しかし今は時間がないから、余計なことを考えず急いだ方がいいだろう。
俺は、西城咲良様と書かれた部屋を見つけたので、そこの扉の前でノックした。
「はい!」
中から声が聞こえる。
扉を開けて出てきたのはどうやら、咲良ちゃんの教育を任せた今山さんだった。
「あら、山田さんじゃないですか!」
今山さんがそういうと、楽屋の中から「えっ?先輩!?」と咲良ちゃんの声が聞こえ、どたどたとドアから顔をのぞかせた。
どうやら思ったよりかは元気そうだ。
「どうですか今山さん、咲良ちゃんの状態は?」
今日合わせて3日しか時間はなかったので、とてもじゃないがいくら頑張ってもライブに参加できる状態に育て上げるのは無理があるが、俺は最低限の基礎の基礎だけでいいので教えてあげてほしいとお願いしたのだ。
「体調はばっちりです。歌の方と振り付けも大丈夫でしょう」
すると咲良ちゃんは唸っていた。
「全然大丈夫じゃないですよ。プロに比べたら全然素人ですし、緊張も半端じゃないです」
「俺は、今回のライブはステージの前で歌えたらそれでいいと思ってたのに、思ってる以上に出来上がってて良かったよ」
今山さんは思ってる以上に咲良ちゃんに教えてくれていたようだ。
3日間ともなれば、プロのように動けないのは当たり前である。
そもそも歌詞を覚えきれなくて、それをサポートする準備も整えていたのだが、そこまで必要がないほどの成長だ。
3日でそこまで身に付いたのは、咲良ちゃんの実力あってだろう。
「私ちょっと席外すので、中に入って2人で少しお話されてはどうですか?」
咲良ちゃんの緊張を解くための、今山さんの気遣いだろう。
俺は迷いなくお願いしますと言い、咲良ちゃんと楽屋の中に入る。
部屋に入ると咲良ちゃんは、口を開いた。
「宮下先生はああ言ってますけど、私不安なんです。みんなを楽しませることができるかどうかが」
咲良ちゃんの表情は暗かった。
そして俺は咲良ちゃんに一言、今日の目標を言っておくことにした。
「咲良ちゃん。今日は観客を楽しませるって考えるよりも、自分が楽しめるのを目標に歌おう」
「私が?」
「そうそう。みんなを楽しませるサプライズもちゃんと用意してるし、フォローも万全だよ。不安なことなんて何もないんだ」
咲良ちゃんは考えるように黙っている。
「今日は、アイドル西城咲良がうちの事務所で活動を始めるって言うのをみんなに知ってもらえたらいいんだし、何より初めてのライブだ。人の事よりも自分が楽しもう!」
「それでいいんでしょうか?」
「うん。いいのいいの!もし何か問題が起きたら責任は俺が取るから気にせず楽しんできてよ!」
俺はそう言うと、咲良ちゃんは吹っ切れたのか、俺の目を見た。
そしてうなずいたと思ったら、咲良ちゃんは俺に近付いてきて、俺の背中に手を回し抱き着いてきた。
そして咲良ちゃんは俺の胸に顔を埋めて、しゃべりかけてくる。
「分かりました、先輩がそういうのであればその通りしましょう」
俺はびっくりして声が出せなかった。
「その代わり、少しこのままでいさせてください」
それを聞いた俺も、咲良ちゃんの後ろに左腕を回し、右手で頭をなでた。
「初めてのライブで緊張するかもしれないけど、楽しんで!」
俺がそう言葉をかけると、俺の胸で深呼吸した彼女は俺から離れ、「はい!」と返事をした。
その時、彼女の顔から思いつめた表情が消えていた。
「じゃあ俺は観客席に戻るよ!」
俺はそう言い戻ろうとしたが、大事なことを伝え忘れていた。
「そうそう、少しだけ言っておくことがあるんだ!」
俺はそう言い、咲良ちゃんに少しだけ指示を出しておいた。
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