築何百年の廃屋敷、幽霊付き(3)
「お邪魔します」
ワードが傭兵としてゴーストを退治したのはこれまでに三度、魔石を五回前後直撃させて全て仕留めている。いずれも何らかのコミュニケーションを試みようと行動に移すより先、近づいただけで危険物を飛ばされて戦闘状態になった経験しかない。当然、今の様にお邪魔しますなどと言ってる暇はなかった。
テリトリーに招かれるなど初めての経験で戸惑う気持ちもあったが、戦わずに済むならそれに越した事はない。
――警戒はされてるけどいきなり攻撃してこない、ならもしかすると。
チリチリと敵意を感じながら、ワードの脳裏には別の可能性が浮かんできた。
「……失礼します」
出来るだけ礼儀正しくと宣言した通り客人としての言葉を使うワードに従い、言葉を添えてシクラスも屋敷に入る。騎士は猫の様に瞳孔を細めてはいるが冷静さを保っていた。ビーストの血に起因する一般人より鋭い嗅覚を使い、屋敷の匂いをかぎ分けてワードに伝える。
「最近は誰も来てないと思う」
「助かります」
石畳の玄関は窓から差し込むし日光で照らされているが見通しが良いとは言えない。
ゴーストの案内を受け階段を上り、廊下を歩きつつ屋敷を観察する。天井の隅には蜘蛛の巣がかかっていて、何処も彼処も埃っぽい。とはいえよく観察してみると、窓は罅が入っているが完全に割れてはいない、廊下は汚れてはいるがゴミが散らかってはおらず、解れてるが絨毯は敷かれている、欠けてはいるが飾り台に乗せられた花瓶もある。
――ゴーストではないかもしれませんね。
屋敷について話があるという自分たちは客人として迎え入れ、案内をするどころか家具の配置や状態にも気を使っている様なゴーストなどワードは知らない。
魂と燭台がふと動かなくなり、近くの部屋のドアが軋みながら開いた。痛んだテーブルの周りに一部が破れたソファが二つ置かれている、部屋に入った燭台は左奥に置かれ魂はソファの上でぽぉっと輝いている。身体が無いのに座っている様な位置取りに居る魂にワードは一度頭を下げた。
「ワードと申します、この度はスライオム区領主より貴方の屋敷及び土地の権利書を賜り訪ねてきました」
魂は何ら反応を見せない。
――表情が無くてもいいから、何か身体があれば反応を伺えたんだけどなぁ。
戸惑いながらワードは周囲を伺う。何かが新しい物が浮かぶ様子もない、とりあえず攻撃的な反応をしていないと見て続ける。
「書類を出した後、座らせて貰いお話しさせて戴きます」
「僕は付き添いなのでお気になさらず」
何とかコミュニケーションを図ろうと発言を続けるワードを立て、シクラスは右の壁を背負って死角を潰し経緯を見守る事にした。ワードは革鞄から権利書を取り出し、ペンと紙を追加で机の上に置いた。
「もし、筆談で応じてくださるならこのペンと紙をお使いください。私の言葉に対して肯定するならその燭台で一度、否定するなら二度机を打ってくださいませんか」
まだペンも燭台も動かない。
「では質問させてもらいますね、まず私の言葉は理解できていますか?」
応じてふわりと燭台が少し浮かぶ、ワードは息を呑んだ。
カツン、と一度音がなる。肯定という事でいいだろう、コミュニケーションに成功したことに内心胸を撫で下ろす。
「貴方はこの屋敷の持ち主、あるいは血縁の方ですか?」
カツン、再度音が鳴る。社会のルールで言うならば、ワードは領主から正式に屋敷を受け取った身分、世の通りに従いゴーストに出て行けという事もできる。そう伝えた結果起こるであろうゴーストからの反発に応じ逆に打ち倒しても、律儀にもここまで筋を通しているワードに非道と難癖つけれる者など居ないだろう。
ワードは傭兵であり時には戦う事も辞さない、だが彼はピエロだった。道化と言われようと、偽善と言われようと、対話できる相手に刃を向けるのは最後の最後にすると決めていた。
「この屋敷は、貴方にとってとても大事な物ですか?」
カツン。そうだろうと確信を抱きながら、ワードは聞くまでも無い質問をした。
「余所者を入れるのは本意ではないですよね?」
カツン。今は客人として対応してくれているに過ぎない、この屋敷に住ませて欲しいとお願いしても否定が来るだけだろう。
「では、取引といきましょう」
ワードは一つ手を打つ事にした、この屋敷に住む前にしなければならない事をそれらしく言い換える。刃を向けるよりよほどマシな取引だ。
「私は良く生きてもこれから六十年以内にはまず死にますが、その間ここに私の寝床を置かせて頂きたい」
求める事、自分がこの屋敷に与えられる事を告げる。
「代わりにこの家の掃除をして痛んだ家具を取り換え、必要なら整備します。生きてる間は出来うる限り丁寧に取り扱います」
返事はまだない、燭台は浮いてすらいない。
――狡い言い方になるけれど。
罪悪感を感じながらワードは続けて語りかけた。
「案内をして貰った時に拝見させていただきましたが、今の屋敷の状態は貴方にとって不本意ではないですか?」
魂だけの存在になってまで守りたいのは、誰かの帰りを待つ事か、あるいは大切な思い出か。この状態にたどり着く過程に何があったのかはワードには分からない、共感もできない。彼に出来る事は無碍に扱う事はしないと示すだけだ。
「どうでしょうか?」
伺うワードに燭台がふわりと浮かんだ。取引の経緯を見守っていたシクラスはどうか上手く決着がついて欲しいと願うばかりだった。戸惑いを表しているのか魂が揺らめく。
カツン。
「……っ。ありがとうございます、
音が響くまで滅茶苦茶長く感じたと二人は後に笑い合った。取引後の心地よい沈黙の中、ワードが書類等を片付けているとシクラスが鼻声を上げた。
「上手く話が纏まって本当に良かった……!」
「シクラスくんも良く耐えてくれました、協力に感謝します」
良かった良かったと感極まる彼を見やってワードはギョッと目を見開いた。元来、彼は細目なので見開いたと言っても些細な物ではあったが、まさかシクラスが涙を流しているとは予想だにしてなかったのだ。
「ど、どうしたんですか……!?」
「いやぁ、ワードが屋敷のこの状況はガーディアン殿にとって不本意じゃないのかって言葉がすごく今になってねっ、おぅおっ」
「ぁー……」
確かにガーディアンの情に問いかけはしたが、味方の心まで刺すとはワードにも予想外であった。
「そうだよなぁ、こんなに荒れて悲しいよなぁって、大事な思い出があったんだろうなぁって」
だって言うのに、と続ける。
「僕と来たら何時襲い掛かってくるかなんて考えて凄んで威圧して、もう申し訳ないやら恥ずかしいやらで」
「……俺は大変まともな危機感だと思ってますよ?」
「申し訳ない!ガーディアン殿ぉおお!」
屋敷中に響き渡るかのような声で吠え、涙を流し謝意を示すシクラス。
ワードはシクラスくんは何処まで良い人なんだろうと思った、短くない時間旅をして色んな人と出会ってきたがこんな感情豊かな面白善人に会った事はない。
――いい人過ぎて悪い人に騙されない様、田舎で人の少なめなリノ村に配属されたんじゃないだろうな?
ありもしない疑いを抱きながらハンカチを取り出して渡す。カツンカツン、と燭台が二度鳴る。
「そこまで思い詰めなくていいって伝えてくれてるんじゃないですかね」
音を聞いてすかさず良い様に捉えた表現にする。
カツン。
――正解だった……。
初対面のガーディアンにすら自分と似たような思いを抱かせたシクラスにワードは呆れと尊敬が混じった感情を覚えた。彼はハンカチをシクラスに渡し、ガーディアンにこの屋敷の事について確認する。
「ガーディアン殿、間取りや家具の傷みを確認してもいいでしょうか?」
無碍にしないと言ったからには確認を取るのがワードだ。カツン、当然の肯定が返ってくる。音を聞いてワードは頷き、シクラスに目をやる。
「行けますか?」
「あい、気にしないで」
些か鼻声での返事に苦笑いしながら改めて周囲を見渡す。
「応接間ですよね、この部屋は?――――なるほど、あれが本棚、棚が外れてますね。あの壁掛けは時計がありましたか?――――そうですか、うーん、ソファも机も取り換えですかねぇ」
燭台が鳴る音を聞きながら、応答に応じてメモを取り頭の中で算盤を整える。ワードは商人ではないので正確な予想など立てられないが、大きな出費には心構えが必要だ。
◆◆◆
ワードはシクラスとガーディアンを連れて同様に他の部屋、主寝室や子供部屋、書斎やベランダ、ダンスホール、キッチン、食堂と調べていく。
「分かってはいましたが、歩き回ってみると広く感じますね」
「身を固める時にはアピールできると思う」
最後にたどり着いた地下倉庫の前でしみじみとワードが呟く。一人では持て余すという表現をまさしく実感している友にシクラスは思い付きを投げてみる。
「ピエロで傭兵なんて中々不安定な人間が身を固めると言われても」
「職業や外面じゃなくて人格に惹かれる人も出てくるさ、ワードは良い人だよ」
「どうでしょうねぇ?」
ワードは興味無さげに返答する。それを何だか思わせぶりな言葉と受け取りシクラスは更に踏み込んだ。
「もうすでに決まった人が居たりするんじゃないの?」
愛想が良く、言葉遣いも丁寧で律儀だというのがワードの印象だ。こういう人なら、さもありなんとシクラスは思う。
「……決めた事なら有ったのですが」
ワードは小さく呟いた。
「えっ?なんて言った?」
「さぁ、最後は倉庫ですよ」
彼の口の中で消えるような小声を聞き取れず、シクラスが首を傾げる。ワードは会話を打ち切って、よいせっ、と気合を入れてハッチを開ける。
「俺が先行きますよ、後から来てください」
「分かった。……いや、僕は一応ハッチを抑えて置く、痛んでるしなんだか不安だ」
――変な閉まり方をして二人とも閉じ込められたら、屋敷を少し壊す事になるかもしれない。
ガーディアンとの約束をここに住む訳でもないシクラスが守る必要性は無いのだが、彼は情が深い性分だった。心遣いを汲み、ワードは頷き礼を言う。
「ありがとうございます、ではお願いします」
「暗いから気を付けて」
シクラスが見送るとガーディアンの魂が先に地下に入り込み光度を増した。
――明かりは任せろって雰囲気だな。
ワードは理解して魂の後に続き壁に手を這わせながら階段を下りていく。暗闇を見通す事はできないが、物体の構造を把握できる彼に足を踏み外す心配はない。
「……なるほど、お酒や保存食置き場ですか」
思いの外広い空間に出てきた。魂の明かりに照らされた地下保管庫をワードは見渡して呟く、使用する事はできないと一目見てわかる棚やワインラックがある。一応、壁に据え付けられた旧式の
――酷い事になってるけど、やっぱりここにもネズミや害虫の類も居ないのか。
ワードはガーディアンの矜持を感じた。
「ここもほとんど取り換えですね」
業者を呼び、家具を変え、庭を整備し、その間自分にできる事もせねばならない。考えを深めるワードを他所にガーディアンの魂が脈絡もなく明滅し始めた。
「どうかしましたか?……ぅわっ!?」
魂の光がさらに強くなる。ワードが思わず目を伏せ何事かと身を固め、程なく光が一点に集中している事に気が付く。
「っ何を?」
ガーディアンは応じない。何かを伝えたいのかも知れない、ワードは光の指す壁に手をついた。
「向こうに空間がある?……広いな、なんだ?」
この地下倉庫と隠された空間を一つの部屋と見るなら七割は隠されている事になる。更にスキルを使い集中する、汗が額に浮き出るのを感じてワードが限界を近くに感じた時に気付いた。部屋の構造は把握できたと思えるが、何か一部だけ魔力が弾かれている。他の部分を掴んだことでむしろその魔力が弾かれる場所だけぽっかりと形が繰りぬかれる。
「箱、長方形の何かっ、かな?ああ、もうダメだぁ」
連日の予想外の出来事に対する疲れも相まってワードが膝をつく。ほぼ同時、隠し部屋と表向き倉庫の合間を遮る壁が派手な音を立てて崩れた。
「……開くんですか。意味ありませんでしたね」
思わずボヤいてワードはため息をついた。
光は確かに壁を指していた、というより突き立っていた。ガーディアンは壁をどうこうしてくれとまでは表現していない、早とちりしたのは自分の方かと頭を掻いて立ち上がる。
「ぉおーい、今何か大きい音がしたけどー!?」
部屋の中にあるのは不思議な装飾が施された長方形の箱、入り口から聞こえるシクラスの声にワードが返答する直前、視線をやった箱の中に彼はそれを見た。
「は?女の人?」
白い髪の女性、年の頃は恐らく自分と大差ない風貌だ。種族的な特徴がみられない事からしても恐らく人間だろう。ワードがともかく生きているのかどうかを確かめようと動き出そうとしたときガーディアンがまたも輝いた。
「またっ!?」
光は更に奥の壁を指す。
――もしかしてまだ隠し部屋があるのっ!?
ワードは次々に向かってくる異常事態にゾッとしない思考を抱いた。しかし光は一点を刺すだけでなく動き出す、強い光は熱を帯びて薄汚れた壁を焼き何か文字を書き始めた。
『どうか約束を守ってください』
壁に書かれた文字はこう読める。
――貴方、筆談できるなら先に伝えなさいよ。
そんな感想をワードは思わず抱く。
屋敷に隠された部屋、そこにあった秘密。予想だにしない発見だが、この場所が屋敷の一部だという事に間違いはない。
「へぇあ?」
文章の意図をくみ取ってしまったワードは人生で一番情けない声を出した。
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