築何百年の廃屋敷、幽霊付き(2)

「だはははは!なんだぁそりゃあ!ひどい目にあったな兄ちゃん!」


 ガヤガヤと今日も騒がしいリノ村唯一の酒場、そこに集まっている客は村で農業や養鶏をこなす顔馴染みばかりであった。そんな身内の場の良くも悪くも変わらない日常に珍しい客人がやってきた、ピエロと傭兵を兼業しているという珍妙な青年はワードというらしい。


――大きな街に人を吸われちまったこの村に芸事や傭兵の仕事もないだろうと思ったんだが。


 生まれた時から村で暮らすコータが酒場の客を代表して何の為に来たと彼に確かめると哀れで笑える話が返ってきた。


「いやぁ、本当に散々で。とは言えこのまま泣き寝入りなんてできるか!って思いましてね」

「そうだよなぁ、とりあえず一杯奢ってやるよ」

「ありがとうございます!」


 同情してくれたオヤジに愛想よく返事をしたワードは上手く村人の輪に入り込めたと満足する。日が完全に暮れ、酒場に客が集まり酒が入り陽気になったタイミングを見計らって披露した話は希望通りの効果をもたらした。ジョッキに入った冷えたエールを煽り、酔いが深刻にならないうちに彼は情報収集に入る。


「幽霊屋敷に挑戦した方は居ますか?」

「あるぜー」

「子供の頃に結構やるよな」

「ああ、あの処刑人の屋敷な、俺は近づいたことないよ」


 客の数は十数人、問いかけに自身の武勇伝を話さんと反応したのは半数以上だった。お前はべそをかいてただの、幽霊は女の姿をしていた、いいや男だったと根拠に欠ける体験談が飛び交う。一斉に飛び交う話の一部を聞いたり、話題を繰り広げている村人たちの顔や雰囲気を観察して、ワードは自信を持ってコータに問う。


「……死人や大怪我した人は居ませんよね?」

「んー。ずっと村で暮らしてるがそんな話は聞いたことねぇな」


 コータがほろ酔いで記憶を探り答える。


「でも俺が肝試ししたときは物が飛んできたんだぜ」

「へぇ、そうなんですか!……その時でもナイフとか怖い物は飛んできてなかったのでは?」

「まぁ、な」


 コータは子供の頃にあの屋敷に挑戦したことがある、その時飛んできたのは古臭いクッションだったり読めなくなった本であった。大したものが飛んでくるわけでもなく拍子抜けだった、そんな風に話の落ちを付けるつもりが先読みされてしまった。


「なんで飛んできた物が大したことないと思った?」

「もし死人や大怪我をした人が出てきたら騎士団が黙ってないでしょう。あと、村長さんも幽霊屋敷を知っていて放置していたようですし、これだけ体験談が聞こえてくるなら当時の皆さんにも実の所余裕はあったのだろうなと」

「ほぉ、なるほどなぁ」


 つらつらと述べられる先読みの裏付けにコータは確かにと感心する。ピエロと傭兵、奇妙な兼業者だと彼は思ったが、ただ珍しいだけでなく裏にある骨があると見た。


「屋敷の件はどうなるかわからんが、歓迎するぜ、ワードさん」

「ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いします」


 リノ村に面白い奴が来たと噂が走るのは早かった。


◆◆◆


 次の日、午後に差し掛かろうという頃に駐屯所の扉が叩かれた。駐屯所に詰めていたシクラスは事務作業をしている他の騎士を手で制して客人を迎える。客は昨日から村に泊まっているワードだった。年季の入った革鞄を片手に愛想よく笑う彼にシクラスは挨拶する。


「あぁ、ワードさん、おはようございます」

「お疲れ様です、今から屋敷に行ってみようかと思いましてその連絡をと」


 屋敷に居る幽霊はそれほど危険ではない、傭兵としてそう判断したとはいえ経過報告もないのは不義理かと考えたワードはシクラスを訪ねに来た。大小様々なトラブルを解決するというのが騎士団の仕事だ、事前連絡が有る無しでは対応のスピードが違う。


「わざわざありがとうございます、あの屋敷についてなんですが――」

「ああ、割り込んで申し訳ないですが、シクラスも幽霊屋敷に行ってほしいんですな」

「え、はい、了解です」


 自身が調べた情報を渡し、帰りが遅ければ確認しに行こうかと考えていたシクラス。その後ろにするりと寄っていたイバックが指示する。


「自分の身ぐらいは責任を持ちます、わざわざそこまでして頂けなくとも」


 ワードはいやいやと首を振って遠慮する。騎士団の新型魔道車に乗せてリノ村に連れてきてもらっただけでも好待遇で、これ以上甘えるのも気が引ける話だ。


「んや、傭兵殿を軽く見てるわけではなく、幽霊屋敷の観察は騎士団も定期的に行ってますからな。何、たまたまその時期だったというだけですな」

「……それはまた奇遇ですね」


 イバックの言い分は無理のない物で、こう言われてしまってはワードに拒否する理由がない。二人でやり取りをしている内に上司の指示に従ったシクラスはショートソードを腰に下げ、白いマントを纏い準備を完了していた。


「では行ってきます」

「怪我をしない様にお願いしたいですな」


 朗らかに手を振るイバックに見送られて二人は歩き出した。屋敷は村の奥に位置しており入り口付近にある駐屯所とは逆方向に有る。


「のんびりしている様で強かなお人ですね」

「マイペースな上司だとは思うよ、時々怖いしあと強い」


 イバックとは少ししかやり取りをしていないが食わせ者の雰囲気をワードは感じた。そんな評価にシクラスも追従し長く接してきた上での評価を零す。


「屋敷の件はどんな話が集められた?」

「総評するとそんなに怖い印象じゃないですね、気を抜く気はありませんが殊更危険でもないとしか」

「なるほど。僕もあの屋敷で事故や事件が起きてないか、昨日もう一度確かめてみたんだけど、やっぱり特にはないみたい」

「そうですか、確認ありがとうございます。……うぅん」


 シクラスからの追加情報にワードは一つ引っかかることがあると唸る。


「どうかした?」

「いえ、結局処刑人の屋敷だという噂はどこから出てきたのだろうと思いまして」


 ワードは酒場でもその話は耳にしたがこれといった根拠のない話だった。クッションや古びた本が飛んでくるだけで死人どころか怪我人も出ない、それこそ子供の肝試しの場になるような屋敷。だが実体験に基づく話に反して『処刑人』という言葉だけがそれっぽい箔付けだとしても随分と生々しい。


「考えるほどの理由なんて特にないかもしれないよ」

「まぁ、確かに」


 シクラスは首を傾げるワードに考えすぎではないかと言う。


――確かに誰が言い出したかは別に無くて、目立つその言葉がもっともらしく言い伝えられているだけかも知れないけど。


 屋敷にたどり着くまではまだそれなりに距離がある、ワードは雑談交じりの推測を広げる為にもっともとらしい返事をする事にした。


「結果には過程と前提がある事を知れ、って言うじゃないですか」

「ああ、ヒカリ教の教えね、耳に刺さるよ。汝、心に鏡を置くべし修羅の顔が映ってないか、って言うのも分かってはいるんだけどなぁ」

「簡単じゃないですよね」


――融和の心を解くヒカリ教の題目を使ったのになんだか説教っぽくなってしまったなぁ。


 ワードは直近の過去を思い返して憂鬱になるシクラスに笑いかける。


「でも、こういうの考えるのって楽しくないですか?」

「それは少しわかる」


 相槌を打ったシクラスは物々しい雰囲気を村人に悟らせぬように小声で話す。


「何か物が飛んできても僕が防ぐ、魔術は肉体強化ブースト以外にも火と土が得意だけど屋内で使うのは難しいかな」


 ショートソードの柄に手を置いてシクラスは宣言する。彼には肉体強化を発動すればワードを片手で抱えて剣で身を守りつつ屋敷から脱出できる自信があった。堅実な戦い方をする騎士に対しピエロのそれは一風変わった物である。


「俺はこれを」

「魔石?ああ、なるほど」


 ワードは懐から指の先位の大きさをした魔石を取り出し見せる。相手の核に打ち当てれば仕留められずとも怯ませるくらいはできる。


「バラまいたら当たりそうだけど、数はどのくらい?」

「数はそれなりに有りますが、一つ一つ直撃させます」


 無難な使用方法を想像して問うシクラスに対し、命中率を示す為ワードは道に転がってる小石を二つ拾う。そのまま両方の手に一つずつ持つと左手に持った小石をヒョイと目の前に投げ、右手の小石を親指で弾いて空中にある的を撃ち落とした。


「おおっ!」


 一連の行為を見終えたシクラスは小さく感嘆を漏らした。


――僕がブーストを使って今のをやっても真似できないな。


 当てる的もぶつける弾もそれぞれが小さすぎてシクラスは不可能だとすぐに判断できた。


「凄いな、能力スキル?」

「トリックは説明できないですけどお察しの通りです」

「……じゃあ気付かなかった事にしておくよ」


 ワードの意を汲みシクラスは細かく質問しない事にした。


――わざわざ経過報告に来てくれた当たり律儀だし、そんな行動が出来る人なら不安があれば今の内に相談してくれたはず。


 シクラスはワードの行動を見て信用してもいいだろうと思って居た。


「信用に感謝します」


 シクラスの応答にワードは心の底から頭の下がる思いだった。スキルは芸然り戦い然り日頃から何かと役に立っている。トリックがバレてもやり様はあるが話したくはない、誤魔化しの返答も用意してあるが真っ当な騎士相手に隠し事をするのも気が滅入る。

 二人が雑談をしながら歩いているとシクラスに村人からの挨拶が舞い込んできた。


「やぁ、おはよう、シクラスさん」

「ああ、おはようございます、モンサさん。困ったことはありませんか?」


 移動している間、何度か村人に声を掛けられその度に明るく接するシクラスに付き合いゆっくりと村を抜ける。廃屋敷にたどり着いたのはちょうど正午であった。


◆◆◆


 晴れた日差しの下で見る廃屋敷は確かにくたびれた様子であった。どの窓にも少なからず罅が入っていて、屋根は一部欠けて、更には伸び放題になった蔦が屋敷の壁を覆ってしまっている。手入れがしっかりなされていれば居心地の良い空間になるであろう前庭は雑草にまみれており、敷かれた石畳も罅だらけのまさに悲惨と表すべき有様だ。


「……これはリフォームも大変そうですねぇ」

「うん……」


 幽霊が居ようが居まいが中も住める環境じゃないだろうと遠い目で考えるワード。シクラスは相槌を打つくらいしか出来る事がなかった。


「ともかく入ってみましょうか」

「よし、僕が前に行くよ」


 警戒心を高めたシクラスは勇んで告げる。前に進もうとした騎士の肩にワードは手を置く。


「待ってください、気持ちはありがたいですが、出来るだけ礼儀正しくいきましょう」

「……わかった、任せる」


 抜こうとした剣を収め直しシクラスは後ろに控えた。錆びた動きの悪いドアノッカーをワードはあえて使い問いかける。


「こんにちは、誰か居ませんか。このお屋敷の事で話があります」


 ギィと軋んだ音を立てて両開きのドアがゆっくり開く。二人の客人はアイコンタクトで注意を促しあう、ドアが完全に開くや何か飛んでこないとも限らないから当然だ。

 右のドアが途中で止まり左のドアが完全に開いた。建付けが悪くなっていた事を幸いと思う事にして、右のドアに身を隠してワードは屋敷の中を覗き込む。


「どうやら、大丈夫そうですね」


 揺らめく青白い火の玉が静かにこちらをじぃっと見ているだけの様に感じられた。更にワード越しに中を覗いたシクラスが確かめる様に呟いた。


「……あれが核?」

「そうだと思います、近くに何かありますね。……燭台?」


 襲い掛かられる気配はない、二人は玄関で浮かぶ欠けた三又の燭台を見た。ふよふよと頼りなく浮かぶ燭台はそのまま屋敷の奥へと進んでいく。


「招かれているように見えますけど、シクラスくんはどう思います?」

「僕も同感」


 行きますか。行こう。と無言で頷き二人は幽霊屋敷の中に入った。

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