守護霊との約束(1)

『どうか約束を守ってください』


 屋敷に住まう事を条件に行った、あの取引を逆手にとって厄介事を押し付けるような言葉。生きている限り屋敷は出来るだけ丁寧に取り扱うとワードは確かに表明した。だが屋敷に隠された秘密まで抱え込むとは言ってない。隠し部屋と表向きの地下倉庫を遮る壁が崩れた音を聞き、シクラスが地下倉庫まで入ってきた。

 ワードは戸惑いの中であったが何とか状況を説明し、異常な環境に居る中で存外穏やかに眠っている彼女の身体を冷やさないためシクラスのマントで彼女を包んでおいた。


「ガーディアン殿、この人は誰ですか?――――何故ここに居るのですか?――――返答無しですか、はぁ……」


 ワードはガーディアンに二度質問するが返事はなかった。自分にどうしろというのか、ワードは流石に疲れを隠せずため息をついてしまう。壁に焼き付けられた文字を読み上げ、シクラスは戸惑った。


「どうか約束を守ってください。……さっきの話の事だよね?」

「そうでしょうね」


 身元不明で意識不明の人を見つけた時、その対処はどうすべきかと言われただけならワードとて回答は出来る。


――とは言えこの状況素直に事が運ぶとは思えないな。


 諦めながらも彼は考えを口に出してみる事にした。


「私としてはまず村の診療所に連れて行って、ヒカリ教の教会か騎士団に彼女の保護を願うべきだと考えていますが」

「そうしよう。おわっ!?」


 これからの行動をガーディアンに告げるワード、シクラスが妥当な意見に頷いて行動しようとする。その時ガーディアンの魂が激しく明滅を起こし、更には燭台がカツンカツンカツンと何度も何度も音を立てた。強い否定の感情を表され、二人は一考を余儀なくされる。


「分かりましたから、点滅するのはよしてください」


 ワードが右腕で目を庇いながら呻く。ともかく気に食わないのは何故かと確認してみる事にした。


「医者に診せるのは必要でしょう?」


 カツン。肯定が返ってくる、激しい否定を食らったのは後半の方らしい。


「教会や騎士団の保護が良くない、と」


 カツン。彼女は誰か、ここに居る理由は?という問いには返答がなかった。だが、今の二つの質問には返答がきっちり来ている。彼女に関する最初の問いに対しては何のリアクションも帰ってこなかった、話す気が無いか、あるいはという可能性もある。相手はすでに肉体を持たず魂だけで長い時を超えて来たであろう存在だ、感情を維持出来ていても理屈まで保持できているかは分からない。

 考えを深めて黙り込んだワードに変わり、シクラスが問う。


「どうして、教会や騎士団の保護が駄目なんでしょうか?この方の素性は分かりませんが、手助けできることは多いと騎士として保証します」


 ガーディアンからの返答はない。ワードは自身の天秤に乗せられた二つの道を言葉にした。


「過去からの感情論か現在の理屈、そのどちらかを選べと、そういう話ですね」

「ううん、僕は騎士として保護するべきだと思いますが……」

「亡くなってまで彼女の事を気にかけていた、という事が今分かる事です。その理由は分かりませんが安い覚悟ではないでしょう」


 自身の気持ちとしてはシクラスの意見に頷き、後の事を託したいワードであったがガーディアンの気持ちも無視できない。

 もう一度壁に焼き付けられた文字を見る。約束を守れという高圧な文句ではなく、裏切りは許さないなどと言った脅迫でもない。


『どうか約束を守ってください』


 狡い伝え方だと思う、理屈ではなく感情で訴えかけてきている。


――お互い様という事にしましょう。


 自分だって似たような事をしたではないかと、ガーディアンに取引を持ち掛けたときの打算をワードは思い返した。


「保留にしましょう、当事者の彼女の意見を聞いてからでも遅くない。私たち二人だけで処遇を決めるのはおかしな話です」

「……そうだね、じゃあともかく村の診療所に連れて行こうか」


 頷くシクラスにワードは待ったをかける。


「その前に、ちょっとだけ話をすり合わせておきましょうか」


◆◆◆


 リノ村にあるヒカリ教教会の面談室である申請が行われようとしていた。ヒカリ教とはこの大陸にある社会の根幹を成す宗教団体だ。先日の盗賊団討伐戦にも教会に属する多くの騎士が派遣され戦果を挙げている、小さな田舎村であったとしても教会が建てられていてその影響力は国を動かす程だ。


「……なるほど、ええっと、つまりワードさんは傭兵の仕事でスライオム区の領主様からあの屋敷の権利書を得たと」

「ええ」


 リノ村に尋ねてきた住人候補ワードに起きた、僅かここ二日で起きた珍妙な出来事の経緯を聞き取り復唱する彼女はヒルンという。ヒルンは村のヒカリ教会で四年を仕事をしているシスターで、今の彼女の顔にはどうしようもない戸惑いが浮かんでいた。


「そうしたら屋敷はゴーストが憑いていて、いえ、守護霊ガーディアンが居たと」

「その通りです」


 ワードは間違いないと頷き返事をする。ガーディアンは端的に述べてしまえば良性のゴーストだ。自身が縄張りと決めた場所への侵入を許さないという点は似通っていて、殺意を持って応答するゴーストと誤認される事があるらしいという程度の知識がヒルンにはあった。


――そこは納得できるから良いんだけど……。


 話が明後日の方向に飛んでいき良く分からない所に行きつくのはここから先だと、彼女は確かめ直す。


「ガーディアンの案内に従って屋敷を見回っていたところ、地下に隠し部屋が有って、その中から件の彼女が出て来た……?」

「はい」


 意識不明で名前も分からないが、村の診療所に白い髪の女性がワードとシクラスの二人によって運ばれたのはヒルンも直で見た。教会と診療所は建っている場所が近い、偶々軒先の掃除をしていた時にそんな事が起こったものだから当事者に話を聞くべきだと感じるのは当然だ。融和と共存、助け合いの為にこそ存在する、教会のシスターとして真っ当な行動である。


「それで、ワードさんはこれからどうしようと?」


 ヒルンは数分前の問いを繰り返した、勿論ワードの答えは変わらない。


「彼女は私が保護しようかと思って居ます」

「……あの、私が一存で決める事ではないけれど、まず許可は降りないと思うわ」


 意思疎通すら取れない人間の保護司をいきなり申し出るワードに対し、なぜそんな入れ込んでいるのか等、脳裏に浮かぶいろいろな疑問を飲み込んでヒルンはまず分かり切った事を告げた。あえて沈黙を守りながら、ワードはそれはそうだろうなと考えていた。


――ごめんなさい、状況を混乱させたいだけなんです。


 あの箱の中で眠っていた彼女が、身元不明で保護を必要とする身だというのは純然たる事実だ。ワードが何も言わずにいれば、リノ村駐在の騎士が保護した女性という事で教会と騎士団の手が即座に回る。そのままあれよあれよと流されるまま、ワードとガーディアンの取引は崩壊するだろう。

 そこでワードは自分が保護をしたいと申し出たのだ。却下されるまで数日稼げれば上等の時間稼ぎと意識不明になっている彼女に関わり続ける理由を作る為だ。この時間稼ぎの間に彼女が意識を取り戻せば話が変わる可能性が生まれる。

 シクラスはワードの工作に唸り、最終的にガーディアンの思いも無視できないからと頷いていた。彼はとても情が深い性分であった。

 今のところ彼女の意識は不明で、そんな状況下で一方的な保護申請などまず通らない。ただでさえ年の離れていなさそうな男女なのだ、邪な考えを持っているのではとヒルンに疑われるのも無理はない。


「それは彼女と会話してみないと何とも言えないでしょう、申請だけは出しておきたいのですが」


 悪評が立つ可能性を無視してワードは堂々と宣った。必要があれば視線を集める事に躊躇はない、言葉とシステムの中で踊るピエロがそこに居た。


「……分かりました、そう言うのであればヒカリ教は拒否しません。ですが現状、審査に適うのは望み薄だと理解した上でこちらに記入を」

「ありがとうございます」


 名前や出生地、年齢や職歴を書いて、保護を申し出た理由をそれらしく作り上げる。


『私自身が孤児であり、寄る辺ない隣人を助ける事こそが助けられたあの時の恩返しと考えています。』


 孤児であった過去を利用してそれらしい動機を作り上げ言葉を結ぶ、即興ではあるがそれらしく書けているのではないかとワードは自信があった。書類をヒルンに渡すと、彼女はざっと目を通す。


「……受け取りました、返答はしばらくお待ちください」


 欲に任せた嘘でありませんように、ヒルンは文面を最後まで読んでそう願う。書いた文面の何もかもが虚構ではない、数奇な出来事に翻弄されてはいるが件の彼女を無碍にしたくないという位の想いはワードにだってある。

 ガーディアンの教会への拒否反応に理屈が伴っていたかどうかは結局判別がつかない。現在のルールを守りつつ、過去の想いの為に抗うとしたらこの辺りが落し処だろうとワードなりに考えた結果が今の行動だ。ここまでして芽が出なければ諦める他にはない。

 ヒルンに話せない事情はあるが、他人を無碍にしたくないからと言ってさらに別の人を無碍にしている矛盾。ワードの心中にはモヤモヤと負荷がかかっていた。

 いつの間にかワードの疲れた表情をしていたのだろう、対面に座る傭兵とピエロという妙な兼業者にヒルンはシスターとして反応をする、何か抱えている事があるのだろうと察したのだ。


「そう言えば、お仕事であのお屋敷を受け取ったのよね。あそこが幽霊屋敷だって貴方は知っていたの?……話をすればきっと少し楽になるわ、私で良ければ聞かせてもらえないかしら?」

「聞いていただけるのならありがたく。……何から話しましょうか」


 一度話し始めてしまえばワードの口は止まらない。ただでさえ濃密な体験談を普段から口上やら芝居を使う事も有る人間が語るのだ、彼の話は中々に聞きごたえがある。

 ヒルンは弟のカイからピエロが村に来たという話を聞いていた。


――仕事でやっているというより運命にピエロをやらされているわ、このワードって人。


 彼女はここ最近のワードに対して容赦ない評価をしながら相槌を打っていた。


「……とまぁ、中々数奇な事ばかりで。最近で本当に良かったのと思える事はシクラスくんに出会えたこと位ですかねぇ」

「ああ、彼、いい人よね」


 災難続きだが良縁は転がっているもので、この点は運が良かったなとワードは再度感謝した。わかるわかると、なんだか力強く頷くヒルン。


「彼、まだ新人枠なのに討伐団の幹部の補助までやってるのよ……!いつも明るく挨拶してくれるし、この前は村の養鶏所から逃げ出した鶏を捕まえていたわ」

「……うんうん、直向きですよね」

「そうなの、直向き、気取ったところが無いのよ」


 聞く側と話す側が逆転している事に気が付いたワードはニヤリと笑う。聞きもしてない事で他人をこうも褒めるという事は、そう言う事だろう。


「なるほど、そういう彼がヒルンさんは好きであると」

「そう好き、あっ!?」


 調子に乗せられて思わずポロリと出てきたシスターからの好意に、ワードはグッと親指を立てた。こういう微笑ましい話題を彼は殊更に好む。


「見る目あると思いますよ……!」

「冷やかさないでよっ」

「冷やかしてなんかいませんよ、疲れた心に癒してくれるなんてヒルンさんは素晴らしいシスターですね!」


 モヤモヤしている時は純朴な話を聞くに限る、顔を真っ赤にしたシスターを見てワードは勝手に満足するのだった。

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