築何百年の廃屋敷、幽霊付き(1)
これが報酬だ、さぁ受け取れとワードに渡されたのは古い廃屋敷で、しかもリフォーム以前にまず除霊をしろという。騎士団が悪い訳ではないと、彼は自分で理屈をこねて己を納得させようとしたが幽霊屋敷はあんまりだ。
――ダメだ、くそぉ、納得がいかない。
顔も知らぬ盗賊の真の大頭目を脳裏に思い描く。きっと碌でもない人相をしているんだろうと彼は決めつけていた。
そんなワードの心とは真逆に日は高く良く晴れた青空の下、放たれた矢の如くとは言わぬまでも全力で投げたナイフより早く魔道車は進む。秋に入りかけた冷たい風を僅かに感じながら、ちらとハンドルを握る騎士を彼は伺う。
「あの、力入れ過ぎで疲れませんか?」
「大丈夫です!」
シクラスの身体は明らかに強張っていて、魔道車の扱いに慣れてない事は誰から見ても一目瞭然だった。彼に余計な心労を掛けたくないという考えが、不運に気分を曇らせるワードに重いため息をつかせるのを拒ませた。
「もう少しゆっくりでいいと思いますよ。それに、日暮れまでに着けばいいんですよね?一旦止めて休憩にしませんか?」
「……そうですね」
まだ日は全然高いとワードが指で空を示す、それを受けてシクラスは疲れた表情で頷き魔道車を止めた。二人は外に出て魔道車の中は籠った空気から解放され、自然と深く呼吸する。訓練はしたとはいえ未だ慣れない運転から一時解放されたシクラスは手近な大きな岩にドカリと腰掛けた。
「お疲れ様です」
「いえ」
リノ村の南にあるという小高い山を見ながら、ワードはシクラスを労いながらハゴン街からリノ村まで半分は距離を詰めたくらいだろうか?と脳内マップを確認する。
労いの言葉とそれに対する返事、ほんの一瞬のやり取りを終えると車内での沈黙が蘇る。初対面で意見が衝突してしまった事に加えピエロと傭兵を兼業するという妙な経歴を持つワードとの距離感をシクラスは掴み損ねていた。
つい先ほどお互いの立場、得ていた情報、考えの違いから詰まらない衝突をしてしまったと感じているワードは、運転中でない今こそ相互理解を深めようとシクラスに話を振る。
「シクラスさん、この中結構熱籠りますけど夏はどうしてるんですか」
「ああ、はい、それは僕が握ってたハンドルの隣、輪があったの分かりますか」
魔道車に目をやって話題の取っ掛かりとしたワードの質問にシクラスはハンドルを握るような仕草をした後左手を離し、この辺りと空間を指す。律儀に分かり易く説明してくれる彼にワードが頷き返すと、彼は輪を捻って少し引く仕草をした。
「こう、捻ってこれを引くと涼しい風がぶわーっと出るんです、魔力炉の消費が多くなるんで今日はできませんが」
「……凄いですね。以前にも魔道車に乗せてもらった事がありますが、確かそういう物は付いて無かった気がします」
「そうですね、ここ半年くらいで出来た物なので無理もないと思います」
過去の大戦から三百年、魔道車が出来たのはほんの五年前の話であった。魔術の進歩は目を見張るものがあるなと感動に包まれるワードを見て、シクラスはニコリと微笑む。
「本当に凄いですよね。もっと一般化してくれれば皆さん好きな所に移動できますし、僕らも困っている人の場所にすぐ助けに向かえますからそうなってくれると良いのですが」
「おぉ」
未だ魔道車は数が多いとは言えないとシクラスは惜しむ。誇りと道徳に則ったまさに騎士らしい言葉に圧倒されたワードはシクラスへの信頼を深めた。
「シクラスさん、歳はおいくつですか?」
「今年で二十歳ですね」
「おや、そんなに違いはありませんね。もっと気楽に話してくれて構いませんよ」
ワードは右手の指を二本、左手を三本立ててシクラスに見せる。仲良くしませんかという意思をワードからくみ取ったシクラスは自然と答えた。
「それならワードさんもそうしてください」
「
「ふっ、それ全然変わってない」
言葉が柔らかくなったシクラスが少し笑う。その姿を見て幽霊屋敷はともかく良縁を得たのは幸運だったと、不意に身に降りかかった災難にワードはようやく折り合いを付けれた。
「リノ村ってどういう所なんでしょう、変わった風習とかルールとかありませんか?シクラスくん、リノ村で勤務なんですよね?」
シクラスに水筒を渡しながらワードは質問する。他所から来た人間を冷遇する村は現代になっても皆無ではない、これから村に腰を落ち着ける可能性のあるワードにとって重要な話題だった。シクラスは軽く唸りながら水筒を受け取り真摯に答える。
「うーん、僕がリノ村に配属されてから、もうすぐ三年だね。配属当初から住民の皆さんには良くして貰ってると思う、妙な仕来りも無いよ」
ただ、と彼は一口水を飲む。
「一般の人でもハゴン街に割とすぐに行けるからどうしても働き手が少し足らなくなるんだ」
「ああ、それは仕方ないですね」
ワードは当然だろうなと頷いた。ハゴン街は良く発展している、仕事や遊びにも事を欠かず、生活する場所としては魅力的だ。シクラスは村に愛着を持っているが、その贔屓目で見てもリノ村に息苦しさは無いが旅立つ若者も多く活気に欠ける。
「小さいけどヒカリ教の教会はあるね。お医者さんも最近、あー、って言っても一年前くらいかな、お弟子さんが出来たらしい。子供も少なからず居るしみんな元気だね、村のパン屋は美味しいよ、バケットサンドが最高」
「それはいいですね、覗いてみます」
お勧めだからぜひ行ってみてねとシクラスは言う。村に愛着を持つ一人としての言葉にワードは平和な温かみを感じて頷いた。真面目な騎士に好かれる村、少なくとも悪し様に扱われることはなさそうだとワードは一つの安心を覚える事が出来た。
一方でシクラスは次に話題にせざるを得ない事には申し訳なさと気まずさを感じていた。
「うん、で、幽霊屋敷の件なんだけど、その……」
――はい、その気まずい雰囲気はもう要らないっ!
言い淀むシクラスにワードは言葉を遮りハッキリと告げる。
「シクラスくん、この際ハッキリさせておきますが、俺は一切騎士団の方を恨んだりしてませんからね。ただでさえ余裕はないだろうという所に加えて連戦が見えてきたのだからこうなるのも道理、つまり盗賊が悪いわけで。この気まずい雰囲気になったのも盗賊のせい!例え明日の天気が悪くてもそれは盗賊が悪いんですよっ!!仕方ないんです!お互い様!持ちつ持たれつです!切り替えましょう!はいっ!」
ワードが放つ怒涛の言葉にシクラスは吹き出した。
「ははっ、言いたい放題だっ!」
「この位言わせてほしい物ですよ。さて幽霊屋敷について聞きましょうか、どういう噂になってるんですか?」
ワードは話の軌道を戻す。場の雰囲気を強引に変えたワードにシクラスは、なるほど
「よくある気味の悪い噂かな、独りでに明かりが灯るとか、物が浮いてたとか、妙な音がするとか」
「うーん、確かによくある話ですね。……幽霊が居る原因は分かってるんですか?」
「分からない、屋敷の持ち主が昔の貴族らしくて、生業が処刑人だったみたい。それが原因じゃないかって事だけど」
「……それはまた尾ヒレがついてる感じですね」
シクラスは万人受けしそうなそれらしい仮説を全く納得していない声色で述べる、ワードも苦い声色で真偽を疑っていた。
二人が納得できないのは当然の事で、処刑人だろうと騎士であろうと傭兵であろうと職務の範疇において人を殺める事はある。法と秩序の元行う仕事を悪し様に扱われては当人として面白い噂話と流しきれる訳がない。
ワードは今考えても原因不明だとしてあまり考えない事にした。
「お話ありがとうございます、もう少し村で聞き込みをしてみますね」
「それが良いと思う、なにかあったら僕も手伝うよ」
話を打ち切り行動を決めたワード。当然の様に手助けを申し出るシクラスはそろそろ行こうかと彼を促し立ち上がった。
◆◆◆
村に近づくにつれて道が多少蛇行した物になり木々が生い茂る見通しの悪くなる。運転に集中するシクラスに話しかける事は控えたワードが沈黙を守る事幾ばくか、日が沈むより前に無事リノ村へとたどり着いた。
シクラスはこの村に所属する騎士たちの屯所に魔道車を止める。村の入り口、その程近くに構えられた屯所は小さめではあるが、長くこの地を守って来たと一目で察する事の出来る年数を感じさせる面構えだ。
魔道車から降りてワードが後部から自身の大事なトランクを引き出していると屯所に詰めていた騎士が一人近づいてくる。
「おお、おかえりなさいですな、シクラス。その方はどなたですかな?」
「ただいま戻りました。こちら傭兵のワード殿です、討伐戦に参加していた方で細かくは後で説明します」
「では後で聞けばよろしいのですな。ようこそリノ村へ、私はイバックですな」
「ワードです、これからお世話になります」
シクラスの上司であるイバックは部下の言葉にあっさり疑問を引っ込めてワードに歓迎がてら握手を求める。
ピエロとして鍛えた愛想笑いを浮かべてワードは握手に応じた。お互いが手を離した時、ふとイバックは屯所の入り口の方を見てギョッとする、十歳くらいの子供が三人わらわらと屯所の敷地内に入って来ていた。
「子供たち!勝手に入ってこられると困りますな!」
「シクラスだ、おかえりー」
「ねぇこれなにー?」
「新しい馬車?」
行く手を遮り捕まえようとするイバックを子供たちは慣れた様子でひょいと避け、魔道車の周りに陣取る。敷地内に躊躇なく入る割に、その勢いのまま良く分からない物は触らない、この位なら派手に怒られることは無かろうという計算高い悪戯心が子供たちには有った。
シクラスは元気な子供たちを見てしょうがないなと笑い、赤茶色の髪をした子供に声をかける。
「カイ、ワードさんを村長の所に案内してやってくれないか?」
「んー?いいけど。お父さんに何の用?」
「彼は新しくこの村に住む人なんだよ」
「ほぇー、わかったー」
カイは村長の子供だ、時折来る旅人の案内は慣れた物だった。幽霊屋敷に住むなんて言ったら大騒ぎになるだろうなぁ、と考えながらワードはカイに朗らかに頼む。
「案内よろしくお願いします、カイくん」
「うん!こっちだよー」
足早に先を行くカイを追いかける前にワードは騎士団の二人に会釈する。
「では私はこれで」
「あそこに向かう時は一声かけてくださいね」
「分かりました、ではまた」
「何の話ですかな?というか君たち、もう出ていくんですな!」
シクラスは残る二人の子供に世話を焼きながら念のためにとワードに言う、一方さらに疑問符を増やしたイバックは子供たちに熊の様に大きな体で吠えた。
ケラケラ笑う子供たちの声を後ろに、先を行くカイを追いかけるワードは診療所、馬宿、雑貨屋、目につく建物を覚えて頭の中に地図を作る。シクラスの言ってたパン屋もついでに見つけ、同時にカイに追いついた。
「おじさんは何やってる人なの?」
カイはワードに無邪気に聞く。
「傭兵ともう一つがお仕事ですね」
ワードは今道端でテンションを上げられても困ると思い、ピエロであることはあえて伏せた。
「よーへい……」
ワードの傭兵という言葉を聞いてカイは確かめるように呟いた。カイを始めとするこの村の子供たちは、ヒカリ教に準じる騎士はともかく傭兵には危険な人物がいるので気を付ける様にと大人たちから教えられている。俄かに警戒を露わにした彼はそれ以上は何も言わず足早にワードを案内し始めた。
――ちゃんと教育されてるな。
賢い子だとワードは感心しながら後を追う、村長の家に着くのはすぐだった。
「……ここがボクの家だよ。ただいまー、お父さん居るー?」
「おお、おかえり。うん?貴方は?」
玄関を開けて息子を出迎えたのはカイの父、村長グリマだ。
カイは家に入るなりグリマの背中に隠れる、父は息子を受け入れると怪訝な声でワードに問う。
「初めまして、ワードと申します。此度、とある縁でリノ村の土地を少し頂きましてそのご挨拶に伺いました」
キッチリと頭を下げ自己紹介をするワードをグリマは頭の先からつま先まで観察する。七分丈のジャケットから覗く襟の付いたシャツ、ズボンや靴には大した汚れも無く帯剣もしていない。赤い髪は整えられていて浮かべる愛想笑いは自然な物だった。
――人となりは大丈夫そうだが、うちで誰か家を売ると言っていたか?
家を手放し売る様な話は村人から聞いてないと自身の記憶を遡ったグリマは首を傾げてワードに問いかける。
「その様な話、私は村の誰からも聞いていませんな。何か」
「この人、よーへいさんなんだって」
「……そうか。カイ、しばらく別の部屋に居なさい。失礼、立ち話になってしまった、中へどうぞ、ワードさん」
「では、お邪魔します」
グリマの言葉はカイに遮られた。息子からこそりと聞かされたグリマは住人希望者ワードの職業に意表を突かれる。立ち振る舞いや服装から傭兵ではないと思い込んでいたのだ。彼は少し警戒心を抱きつつもワードを家の中に招き入れた。
玄関を跨ぐついでにワードは懐にあるドルトンからの紹介状を取り出しておく。ワードが家に入ってすぐに通された応接室兼執務室は思いの外上等で彼は少し驚いた。壁掛けの立派な時計が村に流れる時間を刻々と示し、品の有る大きな本棚には村の歴史や帳簿がびっしりと収められている。
グリマにどうぞと示された椅子に座る前にワードは紹介状を村長に渡す。
「スライオム領騎士団のドルトン殿から今回の件についての紹介状です」
「騎士団から……?いえ、ともかく読ませてもらいます」
「よろしくお願いします」
グリマは変わった紹介元に疑問を抱きながら封筒を開き文章に目を通す。文面には、グリマの目の前で静かにしているワードが盗賊団討伐隊に参加していたという前提、そしてそれ以降のあらましが短くはっきり理解できるように書かれていた。
「ん、なるほど。ほう、はぁ?ぇえ……」
グリマは文面に目を通すと、先ほどまでの傭兵に対する一般的な警戒心はどこかに追いやり、露骨にワードに哀れみの目で見た。
――可哀想に、この人踏んだり蹴ったりじゃないか。
彼はワードを哀れむしかなかった。
「この度は、あの、何というか。……割を食いましたね」
「いやまさしく、それ以上ない表現ですね。ははは」
ワードは腰かけてる椅子の近くに置いたトランクを少し開き、土地の権利書の入った丸筒を取り出して中の書類を机の上に広げる。書類をざっと眺めるやグリマは逆の立場だったら絶対にやりきれないなと思いながら、ぽそりと呟やいてしまった。
「……やっぱり本当なのか」
「笑ってください、私は
滑稽な話でしょう、ワードがそう続けるとグリマは首を傾げる。
「ピエロ?芸人という事ですか?」
「はい、そうですよ」
「傭兵で芸人?」
ワードは椅子から立ち上がり、頭に被ったハットを右手に持って胸に抱く。
「これは失礼、しっかりと自己紹介できていませんでしたね。では改めて」
ワードはエホンッとわざとらしい空咳を打ち、左腕を大きく広げて名乗り頭を深めに下げる。ピエロと傭兵のワード、変わった職業の取り合わせだとは本人も自覚している、だがそれが彼なのだ。
「ピエロで傭兵のワードと申します、以後お見知りおきを」
「はぁ……」
変わった人も居たもんだとグリマは呆気にとられた。その時、応接室のドアがノックされグリマが気の抜けた返事をすると小さな影が部屋に入ってきた。部屋の中での会話をこっそり聞いていたカイだ、彼はこの家に来るまでの警戒心を無くし、先ほど魔道車を見た時の様に好奇心旺盛な様子でワードをキラキラとした目で見上げる。
「おじさん、ピエロさんなの?」
「ええ、そうですよ」
答えながらワードはポケットから銅貨を取り出し、カイが見え易い様に屈んで銅貨を示す。
「よく見てるんだよ、それっ」
ワードが親指で真上に銅貨を弾くとキィーンと心地の良い音が響いた、コインが落ちてきた所を彼は両手を交差させてキャッチする。
「さぁ、どっちの手にあるでしょう?」
「右!」
カイは即答する、種も仕掛けも無ければ正解であった。
右手に収まったはずのコインの行方を知るのはワードのみ、この場に居る観客人から見えない位置取りで
「あら~、消えちゃいましたね」
「うそー!?すげー!」
「おぉ!?」
ワードの今の服装は七分丈でコインをキャッチしてすかさず袖の中に隠せるようなデザインではない。二人がワードをそれぞれ別の位置から見ている中、彼は死角を縫いコインを隠したのだ。ワードが魔術を唱えた様子はなく、肉体強化を使って素早く動き何かをした様子もない。グリマは思わずコインの行き先を考えてしまった。そしてたっぷり十数秒後、彼は仕事中だと首を振って考えを打ち消した。
「何か他のはないのー?」
「勿論ありますよ、でも宿を取りに行かないといけないので今はここまで」
ワードとしてはグリマから幽霊屋敷に関する情報を集めて置きたい。だが年頃の子供には面白すぎる話題だ、またひと騒ぎになりかねない。幽霊屋敷への対処は時間をかけても構わない、ならばとワードはあえて引く事にした。
「酒場になら昔やんちゃした大人たちが集まっていますよ」
書類を納めるワードにグリマは伝える。例えば幽霊屋敷で肝試しするような、とそういう意図のグリマからのメッセージをワードは正しく受け取って感謝する。
「なるほど、それは面白い話が聞けそうですね。ありがとうございます」
「またねー、ピエロさん」
「ええ、また」
アドバイスを受け取ったワードはグリマに一礼しカイに手を振って村長宅から村へと戻るのだった。
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